コラム

都道府県の合計特殊出生率、少子化度合いと「無相関」-自治体少子化政策の誤りに迫る-

2022年09月12日

(天野 馨南子) 子ども・子育て支援

【合計特殊出生率高低比較の運用条件】

合計特殊出生率を「出生率」(Total Fertility Rate:以下、TFRと表記)として認知・報道・政策指標として使用されることが非常に多いにも関わらず、その計算方法や利用上の問題点を熟知している者は多くない。

TFRは、一定規模の人流が発生しているエリア、またはエリア間同士の少子化度合いを比較する材料として利用するには向いていない、つまり適していない指標である。なぜだろうか。
 
そもそもTFRは測定年に

「そのエリアに住む」
「15歳から49歳の」
「すべての女性の」
「結婚(カップリングの有無≒未婚既婚)ならびに出産の有無の動向を反映して」
「そのエリア内の女性1人が一生に授かるだろう子供の数」
 
を推計した統計上の指標であることをご存じだろうか。
 
TFRに関して少なからず見聞する典型的な誤用を2つ挙げてみたい。
 
(誤用1)TFRは夫婦当たりの子供の数という誤解
 
例えば、2021年のTFRが1.30である、と聞いて「日本の夫婦は平均1.3人しか子供を持たなくなったのか。そりゃあ少子化になるよ」などと思っていないだろうか。間違いである。

そもそもTFRは夫婦当たりの子供の数の指標ではない。未婚女性を含めた数であるから、そのエリアにおける未婚者の割合が増えれば(日本は婚外子比率が2%台のため、なおさら)TFRは低下するのである。TFRが低下したとしても、夫婦当たりの子供の数に関しては、むしろ増えている場合すら考えられる。実際、日本の初婚同士の夫婦が最終的にもつ子どもの数(完結出生児数)は1.9程度を保っている(図表1)。日本の赤ちゃんの激減(1970年→2020年で43%水準へ)を説明できるほどの夫婦当たりの子供の数の低下はしていないのである。
(誤用2)人口移動を勘案しないでTFR高低比較
 
先進諸国の中でも、エリア外からの人口の移動(すなわち移民)立国の筆頭格にあるのがカナダである。カナダは1869年に移民法が可決されて以来、長年にわたり多くの移民を受け入れてきており、毎年20~30万人を超える移民を受け入れ、コロナ禍の2021年には過去最多の40万人超の移民を受け入れて世界に「移民の国カナダ」を改めて知らしめた。
 
このカナダの2020年におけるTFRは、1.4と低値である(世界銀行)。しかし、カナダの総人口は増加の一途となっている。就労等の移民資格を持つ成人男女が移民として入国するから当然だろうと思うかもしれないが、人口ピラミッドにおいて、20代より下の人口でみても人口減(少子化)していない1。女性一人当たりが産む子供数が2人を切れば(男性人口は出産できないため)、親世代と同じ数の子世代は生まれてこないはずである。ゆえに、TFR高低だけで考えるならば少子化するはずであるのに、どうして出生数が減少しないのか。
 
その理由は極めて単純明快である。大量の移民を含めた女性がカナダ国内でカップリングし、出産するからである。
 
カナダ観光局のホームページ2には、
「カナダは若者の多い国で、人口の21%が移民、つまり5人に1人は外国生まれとなっています。移民の過半数はアジア出身です。」とある。多様性と寛容な国を謳うカナダらしい文言である。

同国はほかの先進諸国同様、少子高齢化の潮流にあった中、多様性や寛容性を人口政策として謳い、結果として人口誘致により若い世代が移民として流入した3。カナダで生まれていない(つまり過去のカナダの低出生率とは無関係な)若者がカナダに流入することによって人口は増加し、その一部が次世代の親となっていく。
 
同国のTFRは2008年以降、低下し続けている(世界銀行)が、出生数は出生率をかける「母数人口」の大きさで確保されるので、若い移民が大量流入する中で、少子化(子供数の減少)の問題は生じていない。

TFRの高低で、あるエリアの少子化度合いが測定できないケースとして、(1)未婚率の高さがTFR低下をもたらしており、なおかつその背景に(2)若い未婚女性のエリアへの流入がある、というセットの構造があることを理解されたい。
 
つまり、TFRで出生数の増減を比較するには「比較する期間において、女性の母集団人口がエリア外との移動により、大きく変動することがない」、ということが必要不可欠な条件となるのである。
 
エリア内の人口が、エリア外へ流出または流入することにより増減したTFRを以前のTFRと単純に比べることは、内容が「違うもの」を比較しているようなものだ。わかりやすく例えるならば、糖度比較をしているが、それはリンゴとミカンの比較である、という状況に近い。
 
女性人口が流出することによるTFRへの影響を、可視化したものを以下に示しておきたい。域内の少子化政策にかかわらず、女性人口の移動で出生率が変化することが理解できるだろう。
未婚女性人口がエリア外へ転出超過する状況にある自治体では、それだけでTFRが高くなる傾向が発生する。また、カナダの例で気づいた読者も多いと思うが、若い女性を大量に受け入れている東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)といったエリアは、域内少子化政策にかかわらず相対的にTFRは低い傾向となる。
 
1 本稿はカナダのレポートではないので、詳細は総務省「世界の統計2020 (stat.go.jp)」等を参照いただきたい。人口ピラミッドは21ページ、人口の推移は25ページ。
2 https://media.canada.travel/ja-JP/resources/canada-in-brief#:~:text=%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E7%B5%B1%E8%A8%88,%E9%81%8E%E5%8D%8A%E6%95%B0%E3%81%AF%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E5%87%BA%E8%BA%AB%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
3 こちらもカナダのレポートではないので簡潔に示すが、カナダへの移民許可は諸々の条件のポイントの積み上げで構成されるスコア制による。移民政策は優秀な人材確保と少子高齢化対策をかねているため、過去の報道などをたどると、若い世代の入国を優先する傾向が垣間見える。

【2016年~2020年の平均出生率と出生数増減の関係】

1996年に東京都において女性の転入超過(転入数>転出数)が発生以来、東京都には20代前半人口を中心に右肩上がりに移動による人口増加が発生した。2008年のリーマンショック以降には、地方における就職環境の悪化がとりわけ女性に影響したとみられ、女性の転入超過傾向は強まり、男性の転入超過数を凌駕する状態が恒常化した。コロナ禍でもこの傾向に変化はなく(むしろ強まる傾向)、昨年2021年には、東京都は就職時期に該当する20代前半を中心に女性のみが転入超過する、という状況となっている。
 
「出生率=出生数/15歳から49歳の女性人口」(各歳で計算して足しあげたものがTFR)であるので、多くの20代前半の未婚女性が流入超過する東京都のTFRは低位で推移する一方で、女性人口(出産可能な人口の母数)が右肩上がりに増えた。その結果、東京都の出生数は1995年から2020年の25年間で多子化(出生数増加割合103%)という状況となった4
 
最近、20代後半の若者がSNSで「自分は白書などで少子化をよく勉強しているが、東京都の出生率の低さに東京が少子化の諸悪の根源だと思っている」とツイートしたのを見かけた。このツイートの例は、彼が特殊事例ということを示しているわけではない。このような考え方が世間で一般的であるといっていいほど誤解が多発しているのである。

人口問題の研究者として筆者は、TFRに対する世間一般の誤解の深刻さを感じ、TFRの高低で自治体の少子化対策の巧拙が論じられ、その自治体の実態に対する誤ったイメージが広まることへの危機感を禁じ得なかった5
 
ここで重要なエビデンスを提供したい。2016年から2020年の5年間の都道府県別の平均TFR(そのエリアが維持したエリア内女性1人当たり平均出生力)と、出生数の5年間増減割合(そのエリアの少子化政策の効果)の関係性は以下のとおりである(図表2)。
分析の結果、2016年から2020年の5年間におけるTFRの高低で、都道府県の少子化度合いを測定することはできない(なぜなら両者の間に関係性がみられないから)、という明確な回答を得た。
 
都道府県間でこのような状況であるので、市町村単位ともなればさらに人口移動の影響が甚大となり、ますますTFRの高低で少子化対策を議論することは無意味な状況にあることは想像に難くない。実際、出生数が周辺エリアよりも激減しているエリアであるにも関わらず、周辺エリアよりもTFRが高いことを根拠に「少子化対策では他よりも効果が出ている。頑張れている」と誤解した主張をする自治体も多いと聞く。
 
あるエリアから講演会を受け、講演タイトルを「なぜ~(エリア名)の出生数は激減したのか」と連絡し、資料を提出した。

しかし、当日現地に赴くと、会場前の看板には大きく「なぜ~の出生率は激減したのか」と貼り出されていた。TFRを上げれば少子化対策になる、という強固なアンコンシャス・バイアスを打破しないことには、自治体単位での人口の未来はない。
 
日本の自治体における少子化政策は、先ずは発生している実態の測定方法を正しく理解する、という政策策定の最上流から見直しを迫られている。
 
4「東京一極集中で激変した「出生地図」―都道府県4半世紀出生数減少率ランキングは何を示すのか/ニッポンの人口動態を正確に知る(2)」を参照。
5 よくある取材として、出生数が大きく減少しているにも関わらず、「●●市はTFRが高いが、どのような少子化対策が成功しているのか」や女性が大量に流出超過しているにも関わらず「●●は女性の幸福度が高いが何が要因か」等がある。実態にあわないイメージを抱く要因に、人流をみない割合指標の罠がある。

生活研究部   人口動態シニアリサーチャー

天野 馨南子(あまの かなこ)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
人口動態に関する諸問題-(特に)少子化対策・東京一極集中・女性活躍推進

経歴

プロフィール
1995年:日本生命保険相互会社 入社
1999年:株式会社ニッセイ基礎研究所 出向

・【総務省統計局】「令和7年国勢調査有識者会議」構成員(2021年~)
・【こども家庭庁】令和5年度「地域少子化対策に関する調査事業」委員会委員(2023年度)
※都道府県委員職は就任順
・【富山県】富山県「県政エグゼクティブアドバイザー」(2023年~)
・【富山県】富山県「富山県子育て支援・少子化対策県民会議 委員」(2022年~)
・【三重県】三重県「人口減少対策有識者会議 有識者委員」(2023年~)
・【石川県】石川県「少子化対策アドバイザー」(2023年度)
・【高知県】高知県「中山間地域再興ビジョン検討委員会 委員」(2023年~)
・【東京商工会議所】東京における少子化対策専門委員会 学識者委員(2023年~)
・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する情報発信/普及啓発検討委員会 委員長(2021年~)
・【主催研究会】地方女性活性化研究会(2020年~)
・【内閣府特命担当大臣(少子化対策)主宰】「少子化社会対策大綱の推進に関する検討会」構成員(2021年~2022年)
・【内閣府男女共同参画局】「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会」構成員(2021年~2022年)
・【内閣府委託事業】「令和3年度結婚支援ボランティア等育成モデルプログラム開発調査 企画委員会 委員」(内閣府委託事業)(2021年~2022年)
・【内閣府】「地域少子化対策重点推進交付金」事業選定審査員(2017年~)
・【内閣府】地域少子化対策強化事業の調査研究・効果検証と優良事例調査 企画・分析会議委員(2016年~2017年)
・【内閣府特命担当大臣主宰】「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会」構成メンバー(2016年)
・【富山県】富山県成長戦略会議真の幸せ(ウェルビーイング)戦略プロジェクトチーム 少子化対策・子育て支援専門部会委員(2022年~)
・【長野県】伊那市新産業技術推進協議会委員/分野:全般(2020年~2021年)
・【佐賀県健康福祉部男女参画・こども局こども未来課】子育てし大県“さが”データ活用アドバイザー(2021年~)
・【愛媛県松山市「まつやま人口減少対策推進会議」専門部会】結婚支援ビッグデータ・オープンデータ活用研究会メンバー(2017年度~2018年度)
・【愛媛県法人会連合会】結婚支援ビッグデータアドバイザー会議委員(2020年度~)
・【愛媛県法人会連合会】結婚支援ビッグデータ活用研究会委員(2016年度~2019年度)
・【中外製薬株式会社】ヒト由来試料を用いた研究に関する倫理委員会 委員(2020年~)
・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する意識調査/検討委員会 委員長(2020年~2021年)

日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)
日本労務学会 会員
日本性差医学・医療学会 会員
日本保険学会 会員
性差医療情報ネットワーク 会員
JADPメンタル心理カウンセラー
JADP上級心理カウンセラー

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)