これからの保険事業に求められるものーESGの観点から、持続可能な保険とは?

基礎研REPORT(冊子版)4月号[vol.289]

2021年04月07日

(篠原 拓也) 保険計理

1―はじめに

企業が長期に安定して成長するためには、ESG( 環境、社会、企業統治)が重要との考え方が広がっている。保険会社でも、その認識が進みつつある。昨年12月、アメリカのアクチュアリー会(SOA)は、「持続可能な保険」と題するペーパー*1 を公表した。それを参考に、保険事業に求められるものをみていくこととしたい。

2―ESGと保険事業の関係

まずESGと保険事業からみていこう。

1|ESGは2000年代に浸透 
ESGは、事業の持続可能性を測定するための要素といえる。一般に、企業は、経営を通じて経済的利益の最大化を図る。その際、企業を取り巻く環境、社会が負担するコスト、企業統治に要する非経済的コスト*2に留意する必要がある。
 
1900年代後半、ESGの端緒となる考え方が現れた*3。企業は、社会や環境の問題に影響力を持つ、との認識の高まりが背景にある。ただ当時は、会計や経営の場面では、ESGの浸透は不十分であった。
 
2000年代に入り、ESGへの取り組みは、持続可能な企業を目指す際の好ましい考え方として、徐々に浸透してきた*4
 
2|保険業には2010年代に浸透が進んだ 
2010年代に入ると、保険会社が、ESG関連のレポートを公表し始めた。2019年には、国連環境計画-金融イニシアティブ(UNEP-FI)が、「損害保険事業におけるESGリスクの引き受け」を公表した。
3|気候変動や低炭素経済への関与 
ESGには、非政府組織(NGO)主導の取り組みが多い。セリーズ(CERES)は、環境問題関連の企業間ネットワークをつくったアメリカのNGOである*5。彼らは、保険業界には次の4項目が必要であるとしている。(1)未来への計画、(2)気候変動リスク・エクスポージャーの開示、(3)炭素資産リスク・エクスポージャーの評価と管理、(4)低炭素経済への移行を捉える投資ポートフォリオの再編成。

3―持続可能な開発目標と保険業

つぎに、持続可能な開発目標(SDG)と保険業の関わりについて、みていこう。
 
1|保険業は多くのSDGに関連 
2015年9月、国連総会は持続可能な開発のための行動計画を制定。いわゆる17個のSDGだ(2030年までの達成が目標)。
その中には、保険事業と関係が深いものもある。たとえば、年金などの社会保険は、貧困削減を支援する。作物保険は、食料生産のための安定した農業基盤の確保に役立つ。医療保険は、健康と幸福の決定因子である。保険の手頃な価格と利用可能性は、経済成長に必要なリスクテイクと技術革新を広く促進する。
 
また、保険引受が、建築基準、耐震構造、洪水マップ等の策定を通じて、高リスク環境での開発促進に役立つ場合もある。さらに、保険料とその割引が、リスク回避行動の勧奨に寄与することもある。こうしてみると、保険事業と無関係なSDGを探すほうが難しいかもしれない。
 
2|GRIレポートにみるSDGとの関連性 
持続可能性の報告に焦点を当てた国際組織として、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)がある。GRIが公表したSDGに関するレポート*6のなかで"insurance"という用語を検索したら11個の関連事業活動が得られた、とSOAのペーパーは述べている。(図表3参照)

4―持続可能な保険原則(PSI)

つづいて、国連環境計画(UNEP)における持続可能な保険原則を概観していく。
 
1|保険関連の活動は、20年以上前から 
現在、持続可能性に関する保険リスクに、最も積極的に取り組んでいる国際機関は、国連環境計画-金融イニシアティブ(UNEP-FI)とみられる。UNEPは、1972年の国連総会での設立以来、環境の持続可能性に関する国際的な取り組みの中心的存在だ。UNEP-FIは、UNEPと連携して金融関連の取り組みを進めている。
 
UNEPは当初、銀行と投資に重点を置いたが、保険への関与も遅れはしなかった。1995年、保険会社との協議の結果、「保険業による環境への取り組みに関する声明」が公表された。1997年には、保険イニシアティブが設立された。2003年、金融機関イニシアティブと統合され、金融イニシアティブとなった。これが、現在のUNEP-FIである。
 
2|UNEP-FIには313社が参加している 
UNEP-FIでは、国連機関と民間金融部門が一体となって活動している。現在、銀行、投資、保険の313社が参加している。アメリカの金融は、プライベート・エクイティを含む株式・債券市場への依存度が高い。このため、参加13社中10社が投資会社で、保険会社からの参加はない。日本からの参加企業は、銀行8社、投資5社、保険3社となっている。
 
3|PSIでは4つの原則が示されている 
UNEP-FIは2012年に、保険業界がESGのリスクと機会に対処する際のグローバルな枠組みとなることを目指して、「持続可能な保険原則」(PSI)を発表した。

この原則には、法的拘束力はない。世界中の保険会社が署名可能だ*7。署名すると、持続可能な保険目標の設定や、ESGの説明責任・透明性の確保を、広く社会にアピールできる。現在、世界で140以上の組織が署名済みで、日本からは損保会社3社が署名している。また、この原則は、ダウ・ジョーンズ持続可能性指標や、FTSE4Good指標で保険会社格付基準に用いられている。
 
4|監督機関はSIFを通じて相互連携 
一方、各国の保険監督機関は、持続可能な保険フォーラム(SIF)を通じて、相互連携を図っている。現在、SIFには30の監督機関が入っており、日本からは金融庁が参加している。2016年12月~2020年2月に8回の会合を開いている。
 
SIFの主な目的は、保険会社が持続可能性の脅威、特に気候変動リスクについて監督機関に情報を提供し、監督機関が会社の活動を適切に監督することで、保険市場の適切な機能を促進することだ。たとえば、準備金積立やポートフォリオの評価が保険会社に課される場合がある。
 
SIFは、2021-23年の規制計画で、(a)資産の保険引受可能性に関する気候変動リスク、(b)気候変動を超える持続可能性、(c)アクチュアリー業務での気候変動リスクを主要テーマとしている。

5―保険業界の対応と今後の方向性

さいごに、気候変動問題と社会の持続可能性の2点に触れていくこととしたい。
 
1|米国世論は気候変動問題を懸念 
これまで、アメリカの保険会社は気候変動問題への対応が遅れがちだったが、変化が起こりつつある。気候変動に起因する保険給付が増加した結果とみられる。
 
また、アメリカの世論は、気候変動問題への懸念を高めている。今後、ミレニアル世代*8が政治対話の中心的な役割を果たすようになり、保険会社の取り組み姿勢も更に変化するものと考えられる。
 
2|米国では社会の持続可能性も問題に 
アメリカでは、コロナ禍で格差や不平等の慢性的な問題が、浮き彫りとなった。
 
いっぽう、技術革新、効率化に向けた事業圧力の上昇と相まって、カーボンニュートラルへの移行が見込まれている。ただし、教育や情報接続のインフラが整わなければ、効率化による便益の分配はままならない。保険会社は、こうした社会の持続可能性に関する世論の動向も踏まえつつ、事業を展開する必要があろう。

6―おわりに(私見)

保険会社は、ESGを重視した経営が不可欠となっている。業務のあらゆる場面で、気候変動問題や社会の持続可能性への対応が求められる。引き続き、ESGと保険事業の動向に注目が必要だ。
 
*1 Sustainable Insurance: A ChangingInternational and National Landscape'(SOA, Dec. 2020)
*2 企業内の諸制度運営に必要な時間や人材の費用が含まれるものと考えられる。
*3  企業活動を環境、社会、経済の面から評価する「トリプルボトムライン」や、「企業の社会的責任(CSR)」など。
*4 ESGが注目された契機として、2006年に、国連のアナン事務総長(当時)によるPRI(責任投資原則)の提唱があげられる。ESGの推進は、「投資家の取るべき行動」として定義された。
*名称は、Coalition for EnvironmentallyResponsible EconomieS(環境に責任を持つ経済のための連合)に由来。1989年アメリカのアラスカ州南岸で起きたエクソン・バルディーズ号の原油流出事故をきっかけとして、より良い事業方法を模索する投資家や環境保護活動家のグループによって設立された。なお、Ceresは、豊穣と農耕をつかさどるローマの神の名前でもある。
*6 Business Reporting on the SDGs: AnAnalysis of Goals and Targets'(GRI, 2017)
*7 署名には、最高経営責任者、取締役会議長、または同等の役職により、企業が本原則を承認することを保証し、年次開示プロセスへの参加と年会費の支払いに同意する声明を含む申請書に記入する必要がある。
*8 アメリカにおいて、2000年代に成人・社会人となる世代のこと。
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