「共働き世帯のうち、『150万円の壁』を超えない働き方をする妻はどれくらいだと思うか?」と、周囲に尋ねると、1~3割など実際より少ない割合の回答が多い。筆者自身がフルタイムで働く妻であり、周囲の価値観に偏りがある可能性は大いにある。しかしながら、筆者の周囲と同じように、共働き世帯では「150万円の壁」を越えない妻が過半数という実態を意外に感じる方も多いのではないだろうか。「男女雇用機会均等法」が制定されて30年余りが経ち、第二次安倍政権の看板政策である「女性の活躍推進」政策が始まって6年が経過している。都市部では未だ保育園の待機児童が解消していない。
政府は人手不足が進む中で、女性の労働力に注目している。前述の通り、2018年から(夫の)配偶者特別控除の減額が(妻の)年収103万円超から150万円超へと引き上げられ、政府は「壁」を越えて働く妻が増えることを期待している。確かに共働き世帯の過半数は「壁」の範囲内で働く妻であり、「壁」の範囲を広げることは、女性の労働力を高める上で一定の効果は見込めるのだろう。
一方で、女性の労働力を高めるには、そもそも「壁」を気にせずに、「壁」を遥かに越えて働きたい女性の就労環境を整備することが効果的だ。
女性の就業上の大きな課題には出産後の就業継続がある。就業継続率は上昇傾向にあるものの、約半数は第1子出産後に退職する。日本の労働市場では、ブランクのある女性の復職は難しい。「壁」を意識せずに働いていた出産前のキャリアに戻れずに、別の職に就く女性は多い。
結婚や出産とともに家庭を重視した働き方、つまり、「壁」を意識した働き方を選ぶのは個人の自由だが、出産後は不本意な理由で退職する女性も少なくない。内閣府
7によれば、正社員女性の妊娠・出産時の退職理由の首位は「家事・育児に専念するため、自発的にやめた」(29.0%)だが、次いで「仕事を続けたかったが、仕事と育児の両立の難しさでやめた」(25.2%)が多い。さらに、退職理由に両立困難をあげた女性に詳細を尋ねると、「勤務時間があいそうもなかった」(56.6%)や「自分の体がもたなそうだった」(39.6%)、「職場の中に両立を支援する雰囲気がなかった」(34.0%)という声があがる。
現在「働き方改革」では、長時間労働の是正や、柔軟な働き方がしやすい環境整備としてテレワークや副業・兼業の推進が進められている。また、女性・若者の人材育成など活躍しやすい環境整備としてリカレント教育や再就職支援なども進められている。1つ1つの政策が着実に進められることで、「壁」を越えて働くことのできる女性が増えることに期待したい。
また、職場の制度等の環境整備に加えて、家庭の環境整備も重要だ。内閣府「平成29年版男女共同参画白書」によると、6歳未満児を持つ夫婦の家事・育児時間は、1日当り夫が平均1.1時間、妻が平均7.7時間であり、家事や育児の負担は妻に大きく偏っている。職場の制度環境が整ったところで、家庭の環境が整っていなければ、妻の就業希望を叶えることは難しい。本稿で見た通り、三世代同居の方が核家族世帯と比べて、フルタイムで働く妻が多く、育休からの復帰も早い様子がうかがえた。政府は2020年度から国家公務員の男性職員に対して、原則1ヶ月以上の育児休業の取得を促す方針を打ち出している。夫が家事・育児に協力的であるほど、妻は仕事を続けやすい。妻の復職時に合わせて夫が育休を取ることで、妻のスムーズな復職を促せるだろう。
繰り返し述べている通り
8、女性が希望通りに働き続けられることは、経済的なインパクトが大きい。大学卒女性の生涯所得は、2人出産し、それぞれ1年間の育休を取得し、時間短縮勤務を利用したとしても、2億円を超える。出産退職し、パートタイムの非正規の職で復帰した場合(約6千万円)と比べて大きな差が生じる。単純なようだが、希望通りに働ける女性が増え、女性の収入が増えれば、世帯収入も増え、消費は伸びるだろう。女性の就労環境の整備は、日本経済の底上げにつながるのだ。
7 内閣府「仕事と生活の調和連携推進・評価部会(第39回) 仕事と生活の調和関係省庁連携推進会議 合同会議」(2016/11/17)-参考資料1「『第1子出産前後の女性の継続就業率』の動向関連データ集」の末子妊娠・出産時の退職理由
8 久我尚子「大学卒女性の働き方別生涯所得の推計」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2016/11/16)や、久我尚子「男性の育休取得について考える」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レター(2019/11/05)など。