はじめに
これまで、映画「博士の愛した数式」(小泉堯史監督)の中に出てくる数学用語から、「完全数」
1及び「友愛数」
2について、紹介してきた。
今回は、その原作である小川洋子氏の小説の中に出てくる「ルース=アーロン・ペア」について紹介する。
ルース=アーロン・ペアとは
「ルース=アーロン・ペア(Ruth–Aaron pair)」とは、「2 つの連続した自然数のそれぞれの素因数の和が、互いに等しくなる組」のことを言う。
具体的には、数字の714と715の組が、「ルース=アーロン・ペア」となる。
確認してみよう。714と715を素因数分解すると、以下の通りになる。
714=2×3×7×17
715=5×11×13
ここで、それぞれの素因数の和を比較してみると
2+3+7+17=29
5+11+13=29
となり、両者は等しくなる。従って、714と715は「ルース=アーロン・ペア」ということになる。
なぜ「ルース=アーロン・ペア」と呼ばれるのか
「714」という数字と「ルース」と言う名前から、既に察しがついている方もおられると思うが、「714」はまさに米国の野球選手のベーブ・ルースの通算本塁打記録である。1974年4月8日にハンク・アーロンが通算715本目の本塁打を放って、この記録を打ち破った。この714と715という2つの数字から「ルース=アーロン・ペア」と呼ばれるようになっている。
小川洋子氏の小説の中では、野球観戦において、博士が7-14、家政婦である「私」の息子「ルート」が7-15の座席に座っていたときに博士が言った言葉として紹介されている。ここでは「博士」は「ルース=アーロン・ペア」と呼ばれるようになった経緯も説明している。
なお、そもそも、このような名称が付けられたのは、714と715のペアのこのような性質を発見した米国の数学者のカール・ポメランス(Carl Pomerance)氏が、この1974年4月8日の記録達成の瞬間をテレビ中継で見ていて、こうした数字に何か面白いことはないかと考え始めた結果として、先の発見に至った、というエピソードによる。
「ルース=アーロン・ペア」はどれだけ存在するのか
それでは、「ルース=アーロン・ペア」はどれだけ存在しているのだろうか。
ルース=アーロン・ペアを小さい順に10組挙げると、以下の通りとなっている。
(5, 6), (8, 9), (15, 16), (77, 78), (125, 126), (714, 715), (948, 949), (1330, 1331), (1520, 1521), (1862, 1863)
これだけみると、そんなに多いわけではないが、限られているわけでもないように見える。
小説の中で「博士」も、「こうした性質を持つ、連続する整数のペアはとても珍しい。20000以下には26組しか存在しない。ルース=アーロン・ペアだ。素数と同じで、数が大きくなればなるほど分布も薄くなる。」と説明している。
なお、さらに小説の中では、714と715の組み合わせについて、「714と715の積は、最初の7つの素数の積に等しい。」(即ち、714×715=2×3×5×7×11×13×17=510510)ということも紹介されている。このような性質も併せ持つ「ルース=アーロン・ペア」は、20000以下には(5、6)と(714、715)の2組しか存在しない。
「ルース=アーロン・ペア」を巡る未解決問題
実は、「ルース=アーロン・ペア」についても、「「ルース=アーロン・ペア」が無数に存在するのか、有限なのか」という問題は未解決のままである。
なお、先の「ルース=アーロン・ペア」の発見者であるカール・ポメランス氏は、「ルース=アーロン・ペアが無数に多く存在するとしても、その逆数の和は収束する」ことを証明している。
「ルース=アーロン・ペア」の定義について
「ルース=アーロン・ペア」については、素因数分解した時の重複する素因数の取扱いによって、以下の2つの定義がある。
第1の定義の「ルース=アーロン・ペア」
これは、重複する素因数を1つとしてしか加算しない場合をいう。
第2の定義の「ルース=アーロン・ペア」
これは、重複する素因数をそれぞれの個数分加算する場合をいう。先に挙げた「ルース=アーロン・ペア」はこの第2の定義に基づくものである。
当然に、それぞれの定義の一方にしか合致しないケースもあれば、素因数分解が重複する素因数を有しなければ、両方の定義に合致することになる。先に述べた(714、715)は共に重複する素因数を有しないことから、両方の定義に合致する。
一方で、例えば、(24、25)という組を考えてみると
24=23×3
25=52
第1の定義では、2+3=5 となることから、合致する。
ところが、第2の定義では、2+2+2+3=9≠5+5=10 となるから、合致しない。
逆に、例えば(8、9)という組を考えてみると
8=23
9=32
となることから、第1の定義には合致しないが、第2の定義では、2+2+2=3+3 となり合致することになる。
「ルース=アーロン・ペア」の拡張概念
「ルース=アーロン・ペア」についても拡張概念は存在する。その1つは「ルース=アーロン・トリプレット(Ruth–Aaron triplet)」と呼ばれるものである。すなわち、「ルース=アーロン・トリプレット」とは、「3 つの連続した自然数のそれぞれの素因数の和が、互いに等しくなる組」のことを言う。
「ルース=アーロン・トリプレット」の最小の組は、(417162, 417163, 417164) であり、これは以下の通りに確認される。
417162 = 2 × 3 × 251 × 277
417163 = 17 × 53 × 463
417164 = 2 × 2 × 11 × 19 × 499
2 + 3 + 251 + 277 = 17 + 53 + 463 = 2 + 2 + 11 + 19 + 499 = 533
「ルース=アーロン・トリプレット」が無数に存在するかどうかも未解決である。
まとめ
以上、今回も「博士の愛した数式」からの興味深い数字の概念を紹介してきた。
なお、「ルース=アーロン・ペア」についても、これまで紹介してきた興味深い数字と同様に、一般社会において、現段階においては特段に利用されているわけでもないようである。
そもそもカール・ポメランス氏は、この発見内容について「レクリエーション数学誌 (Journal of Recreational Mathematics)」という論文誌に掲載している。
今後も、こうした「レクリエーション数学 (Recreational Mathematics)」の話題を折に触れて紹介していきたいと思う。