29 病原微生物が関与しないものとして、キノコやフグなどの自然毒によるものや、カジキ・マグロ・ブリなどを食べたときに蕁麻疹がでるヒスタミン中毒がある。
30 円グラフ中のウェルシュ菌は、ヒトなどの動物の腸内常在菌。大規模食中毒事件の原因となることで知られている。
(1) 細菌性食中毒
細菌は、時間の経過とともに食材の中で増殖していく。このため、古い食材ほど、細菌性食中毒のリスクが高くなる。ヒトをはじめさまざまな動物の腸内常在菌で、鶏肉やレバー(豚、牛、鶏)などに含まれるカンピロバクターは、数百個という少ない数の細菌で感染を引き起こす。主に、カンピロバクター・ジェジュニ、カンピロバクター・コリという2つの菌種が、食中毒の原因菌となる。
一方、牛肉などに含まれる腸管出血性大腸菌O-157は、わずか50個ほどの細菌で感染が成立する。重症の患者は、痙攣(けいれん)や意識障害を伴う脳症や、「溶血性尿毒症症候群(HUS
31)」という溶血性貧血、血小板減少、急性腎不全を伴う症状を示して死亡することもある。
31 HUSは、Hemolytic Uremic Syndromeの略。
(2) ウイルス性食中毒
ウイルスは、細菌と異なり自己複製能力を持っていない
32。このため、時間の経過とともに食材の中で死滅していく。したがって、ウイルス性食中毒は、新鮮な食材ほどリスクが高いことになる。代表例として、二枚貝や牡蠣(かき)に含まれるノロウイルスが挙げられる。このノロウイルスは、経口感染だけではない。感染者の嘔吐物や糞便が、「エアロゾル」という微細な固体または液体の粒子となて空中に浮遊・飛散する。その結果、空気感染により、多くの感染者の発生につながる恐れがある。
ノロウイルスの宿主はヒトであり、その他の動物には感染しないとされる
33。このため、動物実験やウイルス培養が困難であり、これまでに抗ウイルス薬や、ワクチンは開発されていない。また、ノロウイルスはアルコールに抵抗性がある。このため、アルコール手指消毒はあまり効果がないとされている。感染予防対策として、石鹸と流水での手洗いが必要となる。
32 ウイルスは、DNAとRNAのどちらか一方しか持っていない。自己複製はできず、なんらかの細胞にとりついて増殖する。このため、生物学的な分類では、生物には含まれない。(前編参照)
33 二枚貝や牡蠣には、単にウイルスが集積しているに過ぎない。
(3) 寄生虫
近年、サバやサンマなどに含まれる蠕(ぜん)虫
34である、アニサキスが食中毒を起こす事例が多発している。アニサキスは、イルカやクジラなどの海生哺乳類を最終宿主とするが、海中で孵化(ふか)した幼虫はオキアミ等を通じて、サバ、サケ、サンマなどの中間宿主に取り込まれる。日本では、刺身や寿司など海産魚介類の生食を嗜好する食習慣があるため、食中毒が発生しやすいとされる
35。
アニサキスの食中毒は、みぞおちの激しい痛みや嘔吐などを伴う。感染予防として、調理の際に十分な加熱処理を行うなど
36の対策が求められる。
7|がんには、病原微生物によって引き起こされるものもある
ヒトの体内で、がんを引き起こす病原微生物が、いくつか知られている。
ヘリコバクター・ピロリ菌は、慢性胃炎、胃潰瘍から胃がんを引き起こす細菌とされている。WHOは1994年に、疫学的調査の結果に基づいて、この細菌が発がん性を持つことを認定した。日本では、2000年より胃潰瘍、十二指腸潰瘍のピロリ菌除菌療法が保険適応となった。そして、2013年には、ピロリ菌による慢性胃炎にも、この治療法が保険適応となっている。
一方、ウイルスは細胞に感染して、その細胞を増やすことで増殖する。その際、がん細胞の増殖を抑制したり、自然死(アポトーシス)を促したりする遺伝子を阻害することで、増殖の歯止めを効かなくするようなことも行われる。ウイルスのうち、ワクチンがあるものについては、ワクチン接種による感染予防策が考えられる。ただし、ヒトパピローマウイルスについては、副反応
37が問題となり、現在、ワクチン接種の積極的な推奨は差し控えられている。その結果、定期接種の接種率は1%程度となっている(第5章参照)。
さらに、胆管がんや膀胱がんのなかには、吸虫(きゅうちゅう)と呼ばれる多細胞生物の寄生虫(蠕(ぜん)虫)が引き起こすものもある。