3|天然痘は人類が根絶できた唯一の感染症
天然痘は、歴史上、多数の人々を死に至らしめてきた疾病である。20世紀には2つの世界大戦による死者は全世界で1億人に満たないが、天然痘による死者は3億人とされている
6。
天然痘は、日本でも仏教伝来と同時期に、大陸からもたらされたとみられている。737年には平城京で流行して、藤原氏4兄弟
7をはじめ、多くの死者を出した。東大寺の大仏は、聖武天皇により、その悲劇の終わりと国家安泰を願って建立された。
天然痘は、ヨーロッパでは昔から流行が繰り返されて、感染した人々は免疫を持っていたとされる。15~16世紀の大航海時代に、ヨーロッパの航海者はアメリカ新大陸に到達し、そこで開拓を始める。1521年にはアステカ帝国(メキシコ)、1533年にはインカ帝国(ペルー)がスペイン人の遠征隊によって征服された。これらの征服は、帝国側の軍事的敗北というよりも、スペイン人の遠征隊がたまたま持ち込んだ天然痘の流行のために帝国側の戦闘力が喪失したことによる影響が大きかったといわれる。
天然痘は、人のみが感染するウイルス性の病気で、感染した人は必ず発症する
8。一度かかれば、二度とかかることはない。天然痘ウイルスは口や喉の粘膜で増殖し、それが血流に乗ってさまざまな臓器に至る。患者は頭痛、腹痛、嘔吐などの症状を表し、高い致死率を示す。また、ウイルスは皮膚にも向かい、痘痕(あばた)と呼ばれる発疹を出す。命が助かったとしても痘痕は生涯残るため、外見・容姿を気にする患者の心の傷は癒えないとされる。また、天然痘による失明も、数多くみられる。
1796年、イギリスの医師エドワード・ジェンナーは、牛痘にかかった人のおできの膿を接種することで天然痘の免疫が得られることを確認した。この「種痘」の発見が、天然痘の予防法確立につながった。天然痘にはヒト以外の宿主がなく、感染者は必ず発症するため感染拡大防止の対策をとりやすかった。種痘をベースに、ワクチンによる予防法も確立されていた。こうしたことから、天然痘の根絶に向けた取り組みが進められた。WHOは1960年代に、患者を見つけ出して患者周辺に種痘を行う「サーベイランスと封じ込め作戦
9」を展開して、顕著な効果をあげた。そして、1980年に天然痘の世界根絶宣言を行った。天然痘は、これまでに人類が根絶することができた唯一の感染症となっている
10。
6 「怖くて眠れなくなる感染症」岡田晴恵著(PHPエディターズ・グループ, 2017年)の内容を筆者がまとめた。
7 737年に、藤原武智麻呂(たけちまろ)、藤原房前(ふささき)、藤原宇合(うまかい)、藤原麻呂(まろ)の4氏が、相次いで死亡。いずれも藤原鎌足の孫で、藤原不比等の子。
8 つまり、感染しているが発症していない「不顕性感染」の状態の患者はいない。
9 流行地域で患者を見つけた人に対して、賞金(1米ドル)が支払われた。患者が減るにしたがって、賞金額を引き上げていくことで(最終的には1,000米ドルにまで引き上げ)、サーベイランスと封じ込めが徹底された。
10 現在、アメリカとロシアの研究機関で保管中の株が人為的に流出して、バイオテロに利用される懸念が指摘されている。