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ボランティアに参加する動機
では、住民はなぜ助け合い活動に参加するのだろうか。人が人を助けたり、ボランティア活動に参加したりする動機については、哲学や倫理学、社会心理学、社会福祉学、行動経済学、医療人類学などで様々な議論や研究が蓄積されているが、多くの研究や議論では「他人を助けたい」という利他的な気持ち(利他心)だけでなく、「自己達成感を得られる」「活動が仕事や生活に役立つ」といった利己心など複数の要因が絡むと考えられており、単純に論じることはできない
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こうした中でも「互恵的利他性」(reciprocal altruism)という社会心理学の概念が興味深い。この考え方に沿うと、人が人を助ける時には利他性だけではなく、「人を助けた方が自分も助かる」というプラスの関係性が利益を得られるという期待が込められていると考える。つまり、「ギブ・アンド・テイク」か、「困った時はお互い様」という精神であり、利他性だけでなく利己的な目的も込められていると考える
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それ以外にも、ケアの倫理を考察した古典的な書籍では「ケアとは、ケアする人、ケアされる人に生じる変化とともに成長発展をとげる関係を指している」と指摘しており、ケアされる人だけでなく、ケアする人もケアを通じて自己実現できる点を指摘している
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こうした議論を踏まえると、「他人を助けたい」という一方的な利他的な気持ちだけでボランティア活動が長続きするとは思えない。具体的には、「色んな人と会えるので楽しい」「感謝されるのが嬉しい」「達成感を得たい」といった利己的な欲求に加えて、「人間関係や知識が仕事や生活に役立つ」などの打算的な判断も混じるからこそ、人はボランティア活動に時間を費やすのではないだろうか
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例えば、高齢者が「通い」の場に行くのは、別に財政や人手不足に対応するためではなく、「友達と会えるので楽しい」とか、「共通の趣味や話題で盛り上がれるなどの面白い」といった理由であろう。あるいは「健康づくりや医療・介護サービスについて有益な情報を得られる」という実利的な判断も絡んでいるかもしれない。
これは「多様な主体」「担い手」として期待される住民も同じである。住民が「通い」の場を作ろうとする際、「困った人を助けたい」「困った時はお互い様」という利他心や互恵的な気持ちだけでなく、「楽しい」「面白い」「嬉しい」「参加したら少しお得」といった気持ちも混じっているはずである。
いずれにせよ、「介護費用が10兆円だから」「介護現場で働く労働力が2040年に不足するから」などと、財源と人員という「2つの不足」に対応するだけの目的で、住民がボランティア活動に時間と機会費用(手間暇)を掛けることは考えにくい。「2つの不足」に対応するため、地域づくりを考えようとする「官の論理」を住民の生活に持ち込んでも有効的とは思えないのである。
6 例えば、ボランティア・モチベーションのVFI(the volunteer functions inventory)と呼ばれるモデルでは、①価値(利他的動機)、②理解(社会勉強や人生経験にプラスと期待)、③社会(付き合いとして参加)、④キャリア(知識や能力を試すチャンスとして期待)、⑤防衛(自分よりも不幸な人を助けることで罪の意識を払しょくしたいという期待)、⑥強化(自尊心や自己肯定感を高めることを期待)――に区分している。E.Gil Clary et.al(1998)"Understanding and Assessing the Motivations of Volunteers"Journal of Personality and Social Psychology Vol.74 No.6, pp1516-1530を参照。さらに、三谷はるよ(2016)『ボランティアをうみだすもの』有斐閣は日本人のボランティア参加の動機について、①ボランティア行動に伴う時間や金銭の消費に耐えられる資源を持っていると、ボランティアに参加するという資源理論(合理的選択論)、②他者に共感を持った時、ボランティアに参加する「共感理論」、③宗教的な人ほどボランティアに参加するという「宗教性仮説」、④個人が身を置いた社会環境に影響される「社会化理論」――の4つの仮説について検証し、「他者を支援する近所の人などに幼少期から触れている人がボランティアに参加しやすい」と結論付け、社会化理論の重要性を論じている。
7 この考え方の関係では、人が助け合う理由として、太古の昔から協力し合うことで社会を進化させてきたという人間の歴史に加えて、協力しなければ集団から排除される「罰」を受ける点に求める議論がある。Samuel Bowles, Herbert Gintis(2011)"A Cooperative Species"〔大槻久ほか訳(2017)『協力する種』NTT出版〕を参照。
8 Milton Mayeroff(1971)"On Caring"〔田村真・向野宜之訳(2006)『ケアの本質』ゆみる出版p185〕を参照。
9 この点については、筆者がいくつかの市民活動に関与しつつ、「参与観察」(participant observation)的に得た知見もベースにしている。