このように、2020年までの中間年にあたる2018年の現時点において、パイロット地域における介護保険制度の特徴を整理してみた。多くの地域では財源を医療保険基金に求め、サービス利用を要介護度が重度な者に限定している。サービスについても、在宅(身体介護中心)、施設に絞り、現物給付を基本としている。制度運営の細かな事務手続き等は、その多くが現地に進出した民間保険会社が担っている。
では、今後、制度導入が本格化する中で、考えられる課題にはどのようなものがあるか、以下に私見をまとめてみたい。
まず、介護保険制度を運営していく上で、財源をどのように確保するか、という問題がある。
試験導入期間中の介護保険は、医療保険基金を財源の柱としているが、本格導入の2020年以降は、雇用主や個人による保険料負担の検討が必要になってくるであろう。
雇用主負担については、まず、医療、年金といった既存の社会保険料負担が既に重い中、更なる負担増を雇用主にどのように受け入れさせるかという問題がある
7。都市就労者の場合、社会保険料負担は労使折半ではなく、雇用者側が重いケースが多いからだ。加入対象年齢を16歳とした場合、保険料の納付期間も総じて長く、料率の設定をどうするかも重要な鍵となるであろう。
個人で保険料を納付する都市の非就労者、農村住民の場合も、保険料の設定や、自己負担割合などの給付内容をどう定めるかという問題がある。介護保険は医療保険とは異なり、被保険者の戸籍や就労の有無で加入する保険を峻別していない。医療保険は、現時点で都市就労者は高負担・高給付の保険、都市・農村住民は低負担・低給付の保険に加入することで、有る意味棲み分けがされている。介護保険のように、両者が同一の保険に加入する場合、保険料設定に際して、農村住民の所得額を正確に捕捉することは難しいと考えられる。将来的には統合するとしても、山東省青島市のように、保険料負担の多寡に応じて自己負担割合を調整する(高負担の場合は自己負担割合を低く設定)といった措置の検討も一案と考えられる。
加えて、雇用主や個人の保険料負担のみならず、国、地方政府からの財政支出をどうするか、またはどう再分配するかも検討する必要があろう。現状の「市」単位の財源では規模が小さく、経済成長や高齢化の度合いも地域で異なるため、収入と支出のバランスが崩れやすい。その一方で、2016年時点で、国の歳出に占める社会保障費は18.5%とおよそ2割に迫り、既存の社会保障制度だけでも財政へのプレッシャーは大きい。生産年齢人口が減少に転じている中で、経済成長の鈍化による歳入の減速化もにらみながら、介護保険という新たな需要のプレッシャーとのバランスを考慮する必要もあろう。
介護保険制度は既存の社会保険と比較しても、地域によって多様性に富んでいる。しかし、給付対象となる要介護認定などの重要な基準や、最低限必要なサービス内容については、国が統一して定める必要があろう。
パイロット地域での介護保険は、低負担・低給付(現物給付)を中心としているが、例えば、パイロット地域以外の北京市(海淀区)では、民間保険会社が提供する介護保険に任意で加入し、要介護度(3段階)に応じた現金給付とする制度を導入している。北京市の海淀区のケースは高負担・高給付(現金給付)で、現行のままでは、全ての人が加入できる制度というわけではない
8。このまま各地域でそれぞれ制度の検討が進めば、地域間格差が更に大きくなる可能性がある
9。各市の財政状況を考えながら、制度をある程度フレキシブルに設計することは可能としても、国が社会保険として位置づける以上、老後の生活を支える制度として、要介護認定の統一基準や、最低限必要なサービス内容を定める必要があろう。
中国において、社会の構造は大きく変化している。現在、社会の主流をなす「4・2・1世帯」は一人っ子の夫婦2人が、それぞれの両親4人の老後を支え、一人っ子を育てるという構造となっている。加えて、中国民生部によると、高齢者がいる世帯のうち、高齢者のみの世帯は全体の51.3%を占めている。
このような中で、特に、要介護度が高く、家庭扶養では支えきれない認知症患者向けのサービス給付は早急に検討すべき課題の1つであろう。現段階では、低負担であること、サービス提供にあたっては専門人材の確保や施設の整備といった課題もあるため、認知症を認定対象としている地域は限定的である。しかし、今後は、一人っ子政策の影響で家族による扶養は更に困難となり、一方で高齢者は加速度的に増加する。保険料の徴収や財政支出も勘案しながら、重点的にサービスを確保していく必要があるであろう。
パイロット地域を含め、2020年の本格導入に向けて、各地域では制度の調整が日々繰り返されている。残された時間はそれほどないが、中国における介護保険制度がどのように展開していくのか、その動向に注視したい。
7 例えば、上海市の都市職工基本医療保険の場合、5つの社会保険の企業負担の合計がおよそ31%、従業員負担は10.5%と、合計すると4割を超えている。中国の場合、社会保険料は労使折半ではなく、企業の負担が総じて重いため、新しい制度の導入は企業経営に大きな影響を与えることになる。
8(出所)拙著「老いる中国、介護保険制度はどうなっているのか。」 中国保険市場の最新動向(23)、2016年12月20日発行
9 四川省成都市では地域を限定して相互保険という形での導入も別途検討されている。