改訂コードは、後継者計画の策定・運用とともに、取締役会は後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう適切に監督すべきであると、育成の重要性にも言及した(補充原則4-1③)。しかし、欧米流の後継者計画を策定すべきだいう趣旨ではない。取締役会評価と同様に、馴染みの薄い海外の実務用語に惑わされ、計画立案という手段が自己目的化しないよう留意が必要である(図表3も計画のイメージを理解する一助にすぎない)。実際、海外でも後継者計画は標準化には至っておらず、ニーズと文化に即して企業の数だけ存在する
13。日本企業にも既に経営者を育成する一定の仕組みが存在している。これに立脚しながら、意図と計画性を備えさせ、育成を明確な目標を伴った仕組みにすることが肝要である。
日本企業が育成に対し明確な意図と計画性を備えさせる場合、目標となる「あるべき社長・CEO像」の設定が共通して不可欠となる。コードの改訂と同時に策定された「投資家と企業の対話ガイドライン(以下、ガイドライン)」も、「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けて、経営環境の変化に対応した 果断な経営判断を行うことができるCEOを選任するため、CEOに求められる資質
14について、確立された考え方があるか」(同3-1)を、投資家は企業に問うべきとしている。
後継者に求められる資質と能力を誰よりも身をもって理解しているのが現社長・CEOである。自社のこれからの後継者に求められる知識、スキル、行動特性、思想・価値観などを現社長・CEOの頭の中から開陳してもらった上で、外部の知見を取り入れ、(任意の)指名委員会等も絡んで経営者の要件を練り上げていくことが、自社固有のあるべき社長・CEO像を設定する近道である。後継者計画を持つ多くの企業で挙げられる経営者の要件の例は、ガイドラインも指摘する「変化に適切かつ即座に対応する力(アジリティ:敏捷性の意で速さ+適切さ)」である。経営者に求められる才覚は時代によって異なる。あるべき社長・CEO像は、経営環境の変化や会社の事業方針の変更に応じて見直すべきものである。
経営職は会社全体の1%程度とも言われ、その育成は能力の底上げのための階層別研修やこれまでのようなOJTでは達成しがたく、欧米のような「個人に合わせた育成計画」を策定し実行することが理想である。候補者の未経験分野や不得意能力要件を踏まえ、個々に適したタフ・アサインメントとして、新規事業の立ち上げ、投資先ベンチャー企業への出向、不採算事業の再建、海外子会社トップへの配置などによって経営者候補として成長を促す。
日本企業には後継者計画が機能しにくい構造的問題がある。後継者計画と、人事部門が役員候補者や管理職向けに実施している各種の選抜や育成施策がそれぞれ別個に運用され、一つの流れとして連動していないことが多いのである
15。後継者計画に沿って選抜者にタフ・アサインメントを課すにも、まず人事部門が後継者計画を理解しておくことや、配置ポジションのある事業部門の理解も必要となる。既存の人事体系に起因する縦割りや前例踏襲を排除し、後継者計画を実効的に運用するには、現社長・CEOの積極的関与が成否を分ける。人事部門は後継者計画を支えることはできるが、経営者を育て上げることはできない。
後継者育成に対する社外者の役割として、薫陶の機会など現社長・CEOの関与の積極性を質す、関係部門にまたがる人材育成体系の構築・運用状況を確認するなど、重要だが会社内部からは改善作用が働きづらい点に、全体最適の視点で監督を行うことが期待される。
13 前掲注1, P.18
14 「資質」とは慣用的に「生まれつきの性質や才能」(広辞苑第7版)を意味するため、後継者たる要件という趣旨であれば後天的要件を加えて「資質と能力」に訂正する必要があろう。
15 前掲注10 別紙4, P.121 脚注90
7――日本固有の育成課題