1|実施時期の延期問題
実施時期の延期問題については、
前回のレポートで報告したように、カナダ生命保険健康保険協会(CLHIA)が延期を求める理由として挙げている6つの項目で代表される内容、即ち、保険契約の長期性からくる各種の課題(過去からの比較データの構築のためのデータ整備やレガシーシステムへの対応)や既契約への遡及適用に伴う課題といったIFRS第17号実施のための保険会社内部での事務・システム上の課題が大きな問題となっている。
さらには、これらに加えて、新たな基準の適用に伴う各国の会計基準体系への反映や保険会社の税制への影響等の各国の法令・規制等に絡む課題への対応も必要になっている。
より本質的には、新たな会計基準の下での、保険会社自身の経営管理体制のあり方等について考え方の整理等の対応も求められてくることになり、これらを踏まえて、投資家やアナリストや保険契約者等のステークホルダーにどう説明していくのかということが重要になってきている。
ただし、今回のIASBの強制発効日の1年延期の決定は、延期が長くなると、進行中の導入プロセスに伴うコストが増加するのに対して、対応するベネフィットがないとの意見や一部のステークホルダーが1年間の延期が有用であると判断していることとの理由から、実施プロセスにおいて最も進んだ会社への混乱を最小限に抑制することを考慮してのものとなっている。ある意味では、2年の延期を強く望むステークホルダーと、現行規定通りの発効日を望むステークホルダーの間の妥協案、折衷案との見方もできるものとなっている。なお、1年を超える延期に否定的な理由としては、既に他の金融機関等で適用されているIFRS第9号の適用を(現行でも3年遅れになっているものを)さらに遅らせることに対する反対意見の存在もあった。
これに対しては、保険業界からは、引き続き2年の延期を強く求める声明が出されている。今回のIFRS第17号の実施は、保険会社にとって、極めて重要な意味のある、従って大変な労力とコストの負担を要求されるものとなっている。そうした中で、中小の保険会社を中心に、いまだ十分な準備ができておらず、各種の人的・物的リソースの制約等もあり、プロジェクトのスタートすらできていない会社もあるようである。また、今回のレポートで紹介したKPMGの報告書が明らかにしているように、アナリストや投資家等の利用者にとっても、新しいIFRS第17号に伴う財務諸表の内容や分析等を理解する上で大きな課題を抱える形になっている。
一部の保険会社は既に準備が進んでいるとはいっても、追加の時間があれば、単に基準の適用という最小のコンプライアンスで求められているものを超えて、今回のIFRS第17号の導入が真に会社の付加価値を高めることができるように対応していくことが可能になる。追加の時間は、現行のスケジュールのままではあまりにも切迫しているプロジェクトに一定の余裕を与えることにもなり、各種のリスクの軽減にも役立つものと思われる。それが、結局は、IFRSが追求している金融の安定性の確保という目標にも貢献するものと思われる。
なお、実施が最も進んでいる会社への混乱を最小限に抑えるという目的であれば、こうした会社に対しては既に早期適用が認められていることから、こうした会社に引きずられる形で、全ての会社に対する強制発効日まで前倒しする必要性は必ずしもないとも考えられる。
さらに、KPMGの報告書の中で、アナリストからは、保険会社からのIFRS第17号に関する情報や教育機会等の提供の不十分さに対する批判も多くでている、と報告された。ただし、この実態は、現段階では保険会社も自らの対応に精一杯で、とてもそこまで手が回っていないというのが実情であろう。その意味では、こうしたアナリストや投資家のコミュニティとのコミュニケーションを十分に図っていくためにも、一定の時間を確保していく必要があるものと思われる。
こうした点を考慮すれば、保険業界が要望する2年間の延期を認めることが妥当であるとも思われるがいかがなものであろうか。前回のレポートでも述べたように、新たな保険会計基準の設定を巡る議論は20年にもわたって行われてきたものである。その意味では、この段階での2年といった実施時期の延期が持つ意味合いがどの程度のものなのか、IASBが目指す「高品質の会計基準」の設定という観点等からすれば、拙速な対応は望ましくないものとも考えられるが、いかがなものであろうか。
なお、今回の強制発効日の1年延期に関しては、今後協議されていく基準の修正内容とも関連して、公開協議に図られる予定であることから、保険業界等からの意見等を踏まえて、今後の基準の修正協議の状況等によっては、さらなる延期が行われる可能性も考えられることになる。
せっかく長期間にわたる議論を重ねてきて、関係者の一定の合意が得られる形で策定された基準である。一部のステークホルダーの意見等ということではなく、その適用において最も大きな負荷がかかってくる多数の保険会社の要望を踏まえた上で、実施プロセスが成功裏に進められていくことが望まれる。