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大阪市:マンション住人の優先入園
五つのポイントのうち、特に「(5)開発事業者や住人へのインセンティブ」において、注目すべき取り組みを始めたのが大阪市である(図表1)。
同市は2018年度から、同市からの要請で開発事業者が保育所併設マンションを建設した場合には、マンションの住人が優先的に、併設した保育施設に入園できる制度をスタートさせた。現行の保育制度では、自治体が親の就労状況等を審査して入園を認める児童を決めているため、たとえ自分の住むマンションに保育所が併設されても、選考に落ちたら入園できない、という点がネックになっていたからだ。同市こども青年局保育施策部保育企画課によると、優先入園は「全国初の取り組み」だという。
同市は、待機児童対策に頭を悩ませてきた自治体の一つである。2017年度までの10年間に、保育所の施設数を増やすなどして利用枠を約18,000人分以上拡大してきたが、利用希望者も増加し続けてきた
1。待機児童は2018年4月1日時点で67人おり、325人だった前年度から大きく減った
2ものの、まだ解消には至っていない。特に近年は、北区や中央区などの都市部でタワーマンションの建設が増加し、待機児童の局所的な増加を招いてきた。
そこで同市はまず、住戸70戸以上の大規模マンションを建設する開発事業者に対し、計画の事前届出を行うことを義務付ける条例を2018年度から施行した
3。届出は、用地取得を済ませ、建設予定地や住戸総数、予定工期などの事業概要が固まった段階で行わなければならない。土地の登記簿も添付する必要がある。市長は、保育施設が必要だと認めた場合は、届出から60日以内に、開発事業者に整備に関する協力を要請する。市はこの条例によって、「(3)自治体と開発事業者の間での早い段階からの情報共有」を目指し、保育施設の併設実現に結び付けようとしている。ただし実際には、届出が建築確認申請直前にずれ込む場合もあるという。
市が整備を要請する保育施設の種類は、マンション規模や地域の保育需要によって様々だが、70戸から320戸程度のマンションであれば主に、0~2歳対象で、定員19人以下の認可小規模保育事業所を要請するという。必要な床面積は50~100㎡だという。それよりも戸数が多ければ、0~5歳対象の認可保育所の設置を要請し、定員に応じて必要な床面積は320~1,040m
2になるという。
そして条例施行と同時に導入したのが、マンション住人の優先入園の制度である。同市によると、住人枠に上限はないため、例えば定員60人の認可保育所であれば、60人全員がマンションの住人、という可能性もあるという。もし、住人の入園希望者が定員を超えた場合は、住人の中で選考を行う。すべての住人を優先入園させてもなお、定員に空きがあれば、住人以外の申込者の中から選考するという。同市の担当者は「開発事業者に実際に保育所設置に協力してもらうためには、開発事業者にも住民にもインセンティブが必要だと考えた」と導入の理由を説明している。
ただし、マンション住人の優先入園は保育施設開設後3年間に限定されている。マンションに入居が始まってから少なくとも3年ほど経過すれば、そのエリアで一気に数十人単位で待機児童が急増する可能性は小さくなるからだという。
同市は他にも、保育施設を併設しやすくする仕組みを設けている。「(2)将来的な用途変更」に関しては、容積率緩和の特例措置を受けて保育施設を建設したとしても、将来的に、保育需要が大幅に減少するなどし、かつ所定の要件を満たした場合は認めるとしている。用途変更の例として、医療・福祉施設等への転換を挙げている。「(4)保育所の管理運営に関する行政からのサポート」に関しては、保育事業のノウハウが無い開発事業者を支援するため、自ら保育所の運営事業者を選定することができない場合には、市のホームページで、不動産を探している保育事業者向けに物件を紹介することとしている。
現在のところ、この仕組みを活用して保育所併設マンションの建設が決定した事例はまだないということだが
4、待機児童が多い都市部で、開発事業者が、新居を探す共働き世帯に対して「このマンションを購入すれば、認可保育施設に入れる可能性が高い」とアピールできれば、購入への動機付けになるだろう。今後、制度が広く認知されれば、成功事例が現れる可能性がある。