まるわかり“内部留保問題”-内部留保の分析と課題解決に向けた考察

2018年07月09日

(上野 剛志) 金融市場・外国為替(通貨・相場)

1――内部留保の状況

1内部留保は過去最高水準にまで増加
まず、内部留保の意味を整理しておくと、「内部留保」は厳密な意味での会計用語ではなく、一般的に勘定科目の「利益剰余金」のことを指す。「利益剰余金」というのは、過去の利益の蓄積を意味するストック概念であり、毎年の当期純利益(法人税支払い後の最終利益)から配当支払い分等を引いた残りが蓄積したものだ。

内部留保の動向を見ると(図表1)、長期的に増加基調が続いているが、アベノミクスが始まった2012年度を境として増加基調が強まっている。直近2016年度末の利益剰余金の額は406兆円と初めて400兆円を超え、2012年度末の304兆円から4年間で102兆円(1年当たり25兆円)増えた。2002年度末から2012年度末までの10年間の増加額が116兆円(1年当たり12兆円)であったのに比べて、増加ペースが加速している。

利益剰余金は資本金や資本準備金などとともに返済不要な自己資本の一部にあたる。従って、利益剰余金の増加に伴って自己資本は増加し、自己資本が総資産に占める割合である自己資本比率は2016年度末に初めて40%を突破した。
それでは、どのような企業が利益剰余金を蓄積しているのだろうか?企業規模別2に見ると(図表2)、大企業、中堅企業、中小企業のそれぞれにおいて、利益剰余金が増加している。2012年度末から2016年度末までの増加額は、大企業で53兆円、中堅企業で13兆円、中小企業で36兆円である。つまり、この間の企業全体の利益剰余金増加額(102兆円)のうち、約半分が大企業、1割が中堅企業、3~4割が中小企業の寄与ということになる。確かに大企業の寄与度が最も高いものの、中小企業の寄与度も高い。世間一般では、「大企業が内部留保を溜め込んでいる」というイメージが強いが、大企業のみならず中小企業でも内部留保は着実に増加している3

この結果、自己資本比率についても、企業規模を問わず上昇基調にあり、それぞれ過去最高レベルにある(図表3)。
 
2 大企業や中小企業の区分には様々な方法があるが、本稿では、大企業は資本金10億円以上、中堅企業は1億円以上10億円未満、中小企業は1億円未満とした。
3 報道等で言及される上場企業の利益剰余金が上記の大企業分を上回るのは、金融・保険業が含まれているうえ、連結ベースで計算されており、海外子会社の利益剰余金が含まれているためである。
2利益の増加が内部留保増加の源泉
このように企業で内部留保が積み上がった主因は利益の改善にある。利益が大きく改善したため、利益の蓄積である内部留保の増加ペースが上がった。

具体的には、2016年度の経常利益は75兆円で、2012年度の48兆円から27兆円増加し、過去最高を更新している(図表4)。売上高の増加に比べて利益の増加が著しいことから、円安の進行、原油価格の下落が利益の増加に大きく寄与したことがうかがわれる。また、大企業を中心に営業外収益が増加しており、海外子会社等からの受取配当金が増加したことも利益改善に繋がっている。

企業規模別で見ると(図表5)、大企業の経常利益増加幅が16兆円増と大きいものの、中小企業も7兆円増と明確な改善が見られる。
3人件費の伸び抑制も増加に寄与
一方、この間の企業の従業員に対する人件費の増加幅は限定的に留まっている。2016年度の総人件費は176兆円で、2012年度からの増加幅は5兆円に留まる4(図表6)。一人当たりで見ても、この間の増加幅は11万円に過ぎない。企業規模別では(図表7)、大企業、中小企業ともに、人件費の増加幅は4年間で約1兆円に過ぎない。
また、人件費の増加をより詳細に評価するため、企業が生み出した付加価値の増減と人件費の増減を比較すると(図表8)、2012年度から2016年度にかけて付加価値が26兆円増加した一方、人件費の増加は5兆円に留まっている。

これを業種別に分解してみると(図表9)、多くの業種で人件費の増加率が付加価値の増加率を下回っている。具体的には、全35業種のうち、人件費の増加率(2012~16年度の年率)が、付加価値の増加率(同)を上回っている(45度線より左に位置する)のは8業種に留まり、残りの27業種は下回っている(45度線より右に位置する)。とりわけ、素材産業や輸出型製造業で付加価値よりも人件費を抑える傾向が強い。

以上のとおり、幅広い業種で、付加価値の増加に対して人件費の増加を抑えた結果、内部留保の原資である利益水準が改善した面がある。
 
4 国民経済計算における名目雇用者報酬はこの間に15兆円増加(253兆円→269兆円)しており、10兆円の乖離があるが、法人企業統計の対象は営利法人等に限られ、雇用増の著しい医療・社会福祉法人が含まれないことが主因と考えられる。
4法人税・配当も利益ほど増えず
このように、利益が増加したとしても、法人税や利益処分における配当金の支払いが増加すれば、内部留保の積み増しは抑制されることになる。

そこで、近年の法人税等の支払い額を確認すると(図表10・11)、2016年度で18兆円と、2012年度から2兆円の増加に留まっている。この間、利益は大幅に改善しているため、税引き前当期純利益に占める法人税等の割合は大きく低下している。復興増税の終了や法人税率の段階的な引き下げが実施されたことで、企業の(利益に対する)税負担が軽減されたと考えられる。
次に配当支払いについて見てみると(図表10)、2012年度(14兆円)から2016年度(20兆円)にかけて約6兆円増加している。企業規模別に見ると(図表12)、中小企業はこの間横ばい(0.1兆円増)、中堅企業は微増(1兆円増)に留まる一方、大企業では大きく増加(5兆円増)している。大企業は外部に多くの株主を抱える上場企業が多いため、増益に伴って増配が行われたためとみられる。

ただし、大企業についても、配当性向(当期純利益に占める配当の割合)はむしろ低下しており、利益の増加に対して配当の増加は抑制的である(図表13)。
以上、近年、企業の内部留保が大きく増加した理由をまとめると、事業環境の改善(円安・原油安)などから利益(付加価値)が大きく改善する一方で、人件費の増加が抑えられたこと、税率引き下げ等によって法人税の支払いが抑制されたこと、配当性向の低下によって配当額が抑制されたことが挙げられる。この傾向は大企業のみならず中小企業でも同様である(図表14)。

経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志(うえの つよし)

研究領域:金融・為替

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴

・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
・ 2007年 日本経済研究センター派遣
・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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