日本経済のジレンマ~消費主導の景気回復は実現しない?~

2018年01月12日

(斎藤 太郎) 日本経済

●日本経済のジレンマ

(日本では消費主導の景気回復が実現せず)
2012年12月に始まった今回の景気回復はいざなぎ景気の57ヵ月を抜き、戦後2番目の長さとなったことは確実だが、その一方で景気回復の実感が乏しいという声が多く聞かれる。

その理由のひとつには、経済成長率が過去の大型景気に比べて低水準にとどまっていることもあるが、それ以上に大きいのは個人消費の伸びが極めて低いことだろう。安倍政権が発足した2012年10-12月期(景気の谷)を起点とした約5年間で実質GDPは年平均で1.5%伸びているが、個人消費の伸びは年平均0.5%にすぎない(図表1)。低成長下では消費の伸びも低くなる面があることは確かだが、実質GDP成長率に対する相対的な伸びも約3分の1にすぎず、過去の景気回復局面の中で最も低くなっている(図表2)。アベノミクス開始以降の経済成長を牽引しているのは輸出、設備投資の企業部門でそれぞれ年平均5.3%、3.6%とGDPの伸びを大きく上回っている。

そもそも、日本では消費主導の景気回復が実現したことがほとんどない。GDP統計で遡ることができる1955年以降、景気回復局面は今回が13回目となるが、個人消費の伸びが実質GDP成長率を上回ったのは、1971年10-12月期を谷とした第7循環の景気回復期のみである。景気回復局面における実質GDPに対する個人消費の相対的な伸びは平均で0.77と低い。個人消費の伸びが実質GDP成長率を上回ることを消費主導の景気回復とすれば、それが実現したことはほとんどないと言ってもよい。
(個人消費の日米比較)
一方、米国では景気回復と個人消費の回復が両立することが多い。米国の景気回復局面は1950年以降では今回が10回目となるが、そのうち4回は個人消費の伸びが実質GDP成長率を上回っている(図表3)。特に、1990年以降の景気回復期では今回も含めて3回連続で個人消費の伸びが高くなっている。実質GDP成長率に対する個人消費の相対的な伸びは平均で0.95と1に近い。

ここで、実質個人消費(伸び率)と実質GDP成長率の乖離を要因分解することにより、景気回復局面における個人消費の動向に日米で差が生じる理由を探った。
実質個人消費は以下のように変形できる。
したがって、
となり、
実質個人消費(伸び率)と実質GDP成長率の乖離は
に要因分解することができる。
図表4では、1980年以降の景気回復期における実質個人消費の伸び率と実質GDP成長率の差とその要因分解の結果を示した。

まず、1980年以降の景気回復期における実質個人消費、実質GDPの伸び(年平均)は日本では2.1%、3.0%、米国では3.1%、3.4%となっている。両者の差(個人消費-GDP)は日本が▲0.9%、米国が▲0.3%である。
内訳をみると、日米ともに労働分配率の低下が個人消費の伸びを抑制している点は共通している(日米ともに▲0.6%)。これは、付加価値(GDP)の変動に対して雇用、賃金の調整は緩やかとなることが多いため、労働分配率は景気循環と逆方向に動く(景気回復期に低下、景気後退期に上昇)性質があることを反映している(図表5、6)。
一方、その他所得要因は日米で大きく異なっている。日本は▲0.5%の大幅マイナスとなっているのに対し、米国では逆に0.3%のプラスとなっている。その他所得は、財産所得(純)、社会給付・負担、税負担などから構成される。米国では景気回復期には企業収益の改善に伴う配当収入の増加や金利上昇に伴う利子所得の増加が可処分所得の押し上げに寄与する傾向があるのに対し、日本では家計の株式保有比率が低いことから配当増の恩恵が小さく、超低金利の長期化で利子所得の増加がほとんど見込めない。このため、景気回復期に可処分所得の伸びが雇用者報酬の伸びを下回る傾向がより顕著になっている。また、近年はマクロ経済スライドや特例水準の解消によって年金給付額が抑制される一方、年金保険料率が段階的に引き上げられていることも可処分所得の抑制要因となっている。

2004年度以降、リーマン・ショック後の大型景気対策で家計支援策が実施された2009年度を除いて、全ての年で可処分所得の伸びが雇用者報酬の伸びを下回っている(図表7)。

経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎(さいとう たろう)

研究領域:経済

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴

・ 1992年:日本生命保険相互会社
・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
・ 2019年8月より現職

・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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