(1) 麻酔導入時は、気道確保まで、息の抜けない状況が続く
1) 患者入室
タイムアウト後、手術室に入室した患者に対して、氏名、生年月日、手術部位などの口頭確認を行う。これは、手術患者の取り違えのミスを防ぐ目的がある。併せて、声をかけることにより、患者の緊張をほぐす狙いもある。なお、これと同時に、病棟看護師から、手術室の看護師へ、患者の状態についての申し送りが行われる。
2) バイタルサイン取得と静脈ルート確保
患者に、手術寝台の上に横になってもらう。患者に対し、心電図、SpO
2(経皮的動脈血酸素飽和度)モニター、血圧計を装着して、脈拍、SpO
217、血圧などのバイタルサイン
18を取り始める。次に、点滴を設置するための静脈ルート確保(静脈への穿刺、カテーテル留置、点滴回路の接続)を行う。
3) 前酸素化
外科医(手術医)が手術室に登場したら、麻酔導入を開始する。まず、患者の口に、酸素マスクをのせる。患者に何回も深呼吸をしてもらい、SpO
2の上昇を促す。このように、十分に、酸素化と脱窒素化を行うことで、患者が入眠した後、しばらくの間、無呼吸の状態にも耐えられるようにする。この操作は、前酸素化と呼ばれる。
4) 気管挿管による気道確保
鎮痛薬、鎮静薬と、微量の筋弛緩薬を投与し、併せて、マスク換気を確立する
19。換気を確認した上で、筋弛緩薬を本格的に投与していき、その効果を待つ。そして、患者を開口させて、喉頭鏡を差し込む。喉頭を展開して、声帯が確認できたら、気管チューブを挿管(これは、気管挿管と呼ばれる)する
20,
21。
気管チューブをマーカーが声帯を超える位置まで進めた上で、喉頭鏡を抜く。酸素や麻酔ガスの漏れを防ぐために、チューブ横のカフ(気管チューブの先端付近に付属している風船状の部分)にエアーを注入して膨らませ、チューブと気管壁の隙間を埋めて、フィットさせる
22。換気の状態を、目視とモニターで確認する。聴診により、片方の肺だけで換気(片肺挿管)されていないことや、胃の中に送気(食道挿管)されていないことなどを確認する。その上で、マスクを外して、気管チューブを固定し、人工呼吸器と吸入ガスの設定を行う。更に、胃液の除去と、胃膨満の解除のために、胃管を挿入する。こうして、全身麻酔の導入が完了する。
4)' 声門上器具による気道確保
なお、気管挿管の代わりに、ラリンジアルマスクを用いる場合もある
23。この場合は、喉頭鏡は使わず、気管へのチューブの挿入は行わない。チューブがついたマスクを咽頭部に留置することで、換気を行う。その際、カフにエアーを注入して膨らませ、チューブを喉頭にフィットさせる。原則として、筋弛緩薬は使用しない。ラリンジアルマスクによる全身麻酔は、手術時間が3時間以内で、出血などの手術中の意図せぬ事象が少ないと考えられる症例、手術時に仰臥位(仰向けに寝ること)をとることが可能な症例、といった条件を満たす場合に用いられる。
ラリンジアルマスクは、気管挿管に比べると、気道確保が確実ではないとされる。例えば、喉頭痙攣を起こすと、換気不能または換気困難に陥る危険性がある。一方、ラリンジアルマスクは、医師にとって比較的手技が容易である。また、患者にとって、非侵襲的であり、身体面の負荷が小さい。薬剤の面では、筋弛緩薬が不使用または最小限の使用で済む、という長所もある。
チューブがついたマスク様の器具を咽頭部に留置して、換気を行う器具を、声門上器具と呼ぶ。ラリンジアルマスクは、その代表的なものである。声門上器具は、手術の部位や、手術時の患者の体位に応じて、様々な工夫や改良が進められており、現在、多くの種類の器具が利用可能となっている
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