更年期障害の治療法として、運動療法や食事療法、体重制限、飲酒・喫煙制限など、生活習慣改善指導が行われている。併せて、ホルモン療法や、漢方薬、抗うつ薬による薬物療法も行われている。
1 更年期は、英語ではmenopauseの他に、climactericという単語でも表される。この単語には、転換期という意味もある。
2 子どもが成長して独り立ちしたときに、親としての役割が失われた虚無感や孤独感を感じ、心身の不調を訴えることがある。アメリカでは、ひな鳥が飛び立って空になった巣に例えて、Empty Nest Syndrome (空の巣症候群)と呼ばれている。
3 明白な器質的疾患が見られないのに、さまざまな自覚症状を訴える状態(「広辞苑 第六版」(岩波書店)より)
4 診断にあたっては、医師による、更年期症状評価表に基づく問診、体重・身長・血圧測定、スクリーニング検査(血液検査、肝機能・腎機能などの生化学検査)、血糖測定、乳がん検査、子宮頸部・体部がん検診、内診等が行われる。
2|更年期障害の治療法として、ホルモン療法や薬物療法が行われている
更年期障害の治療法には、症状の表れ方によって、様々なものがある。代表的なものとして、ホルモン療法や、漢方薬、抗うつ薬による薬物療法が挙げられる。
(1) ホルモン療法
ホルモン療法は、女性ホルモンを補うことにより、各種症状の緩和を図る治療法を指す。血管運動神経症状(ほてり・のぼせ・多汗、冷え性、むくみ、動悸、息切れ)や、不定愁訴をはじめ、骨粗鬆症、脂質異常症、糖尿病、泌尿生殖器症状等の改善に、効果があるとされている。
ホルモンを身体に補充する方法としては、飲み薬、貼り薬(貼付剤)、塗り薬(ジェル)がある。それぞれ、保険適用の薬剤が規定されている。なお、ホルモン療法には、禁忌症例や、慎重投与症例が定められている。このため、薬剤の投与開始前には、採血検査や、身長・体重・閉経後年数・喫煙歴・既往歴・家族歴等の確認が必要とされている
5,
6。特に、エストロゲン製剤の単独投与は、子宮体がんのリスクを上昇させるとされている。このため、通常は、プロゲスチン製剤との併用投与が行われる
7。
(2) 漢方薬
更年期障害の治療法として、漢方薬が用いられることも多い。漢方薬は、症状が多岐に渡り、その程度があまり強くない場合に適しているとされる。漢方薬には、通常、副作用があまり見られないという特徴がある。
漢方では「証」と呼ばれる患者の体質に基づいて、薬剤の処方が行われる
8。特に、体力・体格が中等度以下の虚証、中等度以上の実証(「虚実」の証)による診断、処方が基本とされている。主な薬剤として、「桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)」、「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」、「加味逍遥散(かみしょうようさん)」の3つが挙げられる
9。 医師の処方箋による処方の場合、保険適用となる。
(3) 抗うつ薬
精神的な症状が主である場合には、抗うつ薬が処方される。その場合、精神科専門医による、抑うつ症状(後述)の診断がベースとなる。薬剤として、具体的には、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
10,
11や、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
12などが用いられる。
5 確認にあたり、日本産婦人科医会の「ホルモン補充療法(HRT)チェックシート」が用いられることもある。
6 ホルモン療法の副作用として、深部静脈血栓症(四肢の筋膜下静脈(深部静脈とも言われる)に、血栓(血液のかたまり)ができる疾患)、脳卒中、胆嚢疾患のリスクが上昇するとされている。
7 エストロゲン製剤の単独投与は、全摘などにより、患者が子宮を有しない場合に行われる。
8 証の診断は、八綱弁証法に基づく、「虚実」「陰陽」「寒熱」「表裏」の4対の組み合わせで行われることが基本とされている。
9 実証の場合「桂枝茯苓丸」、虚証の場合「当帰芍薬散」、虚実の証が中間の場合「加味逍遥散」が用いられる。
10 SSRIは、Selective Serotonin Reuptake Inhibitorsの略。神経伝達物質であるセロトニンのシナプス前ニューロンへの吸収を選択的に阻害することで、シナプスでの高いセロトニン濃度を維持する効果がある。
11 月経前不快気分障害(PMDD)の治療薬としても、用いられる。(前編参照)
12 SNRIは、Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitorsの略。SSRIと同様に、神経伝達物質のシナプス前ニューロンへの吸収を阻害する。SNRIは、セロトニンに加えて、ノルアドレナリンの吸収も阻害することで、シナプスでの両者の濃度を高く維持する。ノルアドレナリン濃度が高いことから、興奮神経が刺激される。
3|更年期には抑うつ症状が現れることがある
更年期には、女性ホルモンの分泌が低下する。更年期は、健康面で、閉経をはじめ、体力の低下や、病気への不安など、老いを自覚する時期に相当する。
この時期には、夫の定年(既婚者で、夫が被用者の場合)、親の介護の開始などが起こり、女性の家庭内での役割に、変化が生じる可能性がある。例えば、子どもがいる場合には、その子どもが就職や進学のために親元を離れることで、空虚感や虚脱感を感じることもある。また、前編で見たとおり、2016年には、20~50歳代の全ての年齢層で、女性の労働力人口比率が7割を超えている。会社等に勤務している女性の場合には、昇進や、正規職員への職制変更等により、職務上の責任が増すなど、就労環境の変化も起こりうる。
このような健康、家族、就労等の変化が、身体的・精神的なストレスを引き起こすことがある。その結果、更年期には、意欲の低下や不眠などをきたして、抑うつ症状につながることがあるとされる。
抑うつ症状の治療として、主に、薬物療法が行われる。その他に、ヨガやストレッチなどの運動療法、栄養療法などが有効な場合もある。また、人間関係のストレス等が発端となっている場合、認知行動療法
13や、カウンセリングが有用なこともある。患者の症状を踏まえながら、これらを複合した治療法が用いられることが多い。
近年、抑うつ症状などの気分障害の患者出現率は、増加傾向にある。40歳代、50歳代の更年期を中心に、幅広い年齢層で、患者が出現している。