4|妊娠負荷試験は、将来の生活習慣病のバロメーターとなる
最近の研究により、妊娠・出産時に現れた疾病の様子から、その女性の、将来の生活習慣病や、心血管病の発症リスクが予測できることが明らかになってきた。早期に、発症リスクを把握して、予防策をとることで、疾病のリスクを減らす動きが始まっている。これは、妊娠・出産を、試験機会の一種と捉えて、その結果をもとに、女性の生活改善を促そうとするもので、「妊娠負荷試験」と呼ばれている。妊娠負荷試験は、具体的には、妊娠高血圧症候群や、妊娠糖尿病が対象となる。
(1) 妊娠高血圧症候群
日本妊娠高血圧学会は、妊娠高血圧症候群を、「妊娠20週以降、分娩12週まで高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症状が単なる妊娠の偶発合併症によるものではないものをいう」と定義している
65。
妊娠高血圧症候群には、妊娠高血圧腎症、妊娠高血圧、加重型妊娠高血圧腎症、子癇(しかん)
66がある。欧米では、妊娠高血圧腎症を罹患した女性は、将来、高血圧症、虚血性心疾患、脳卒中、末期腎不全を発症するリスクが高いとの報告が、なされている
66。
(2) 妊娠糖尿病
日本糖尿病・妊娠学会と、日本糖尿病学会は、妊娠糖尿病を、「妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常である。妊娠中の明らかな糖尿病、糖尿病合併妊娠は含めない」と定義している
67。
妊娠糖尿病を罹患した女性は、将来、糖尿病にかかりやすいとされる。女性の糖尿病患者は、50歳代以降に増加の勢いが増す。閉経に伴う女性ホルモンの分泌の変化と、過食や運動習慣の低下と重なると、メタボリックシンドロームを呈し、糖尿病の発症リスクを高めるとされる。 (後編にて、詳述)
65 「妊娠高血圧症候群の診療指針2015」(日本妊娠高血圧学会)より。
66 妊娠・分娩・産褥(さんじょく)中に起こる発作性の全身痙攣(けいれん)・昏睡を主症状とする妊娠中毒症の一種。(「広辞苑 第六版」(岩波書店)より)
67 「あなたも名医! プライマリケア現場での女性診療 押さえておきたい33のポイント」(日本医事新報社, jmed mook47, 2016年12月)の「第4章4"妊娠負荷試験"を人生に生かす」より。
68 「妊娠中の糖代謝異常と診断基準の統一化について」(日本糖尿病・妊娠学会と日本糖尿病学会との合同委員会, 2015年8月1日)より。
5|生活習慣病は、胎児期に由来するという説 (DOHaD説) がある
成人になってから発症する生活習慣病は、生まれる前の胎児期に由来している、とする説が唱えられている。この説は、生活習慣病胎児期発症起源説(Developmental Origin of Health and Disease, DOHaD(ドーハッド)説)と呼ばれている。
1976年に、アメリカのSusser氏らは、第2次世界大戦時のオランダ大飢饉を経験した集団を調査した。その結果、飢饉の際に、胎児であった集団からは、成人後に、肥満者が出現しやすいことを報告した。また、1986年に、イギリスのBarker氏らは、イギリスの各地方の観測データを分析した。その結果、出生時の体重が少ない人ほど、成人後の虚血性心疾患の発生率が高いことを示し、「胎児プログラミング説」を提唱した
69。現在、これは、DOHaD説と位置づけられている。DOHaD説は、近年、遺伝子レベルでの研究が進められている
70。
胎児の体内では、更に次の世代、即ち、母親にとって孫の世代の生殖細胞が発生しつつある。このように、DOHaD説では、将来の子孫全体に渡る影響が、問題とされる。この説の対象は、女性だけではない。男性の加齢に伴う精子の劣化のように、父親から、次世代に影響が及ぶ可能性についても、問題として捉えられる。
このように、生殖、妊娠、出産に関する医療では、健康問題が、個体にとどまらず、次世代に継承されていくという、長期的視点での理解が必要となる。海外では、DOHaD説に基づいた医療政策も進められている
71。日本でも、健康な次世代を残すために、こうした取り組みに関する研究を拡充することの必要性が、認識されつつある。
69 胎児期に、母体から与えられる栄養が不足すると、遺伝子が、栄養をできるだけ体内に維持しようとするタイプになり、出生後に肥満などになりやすい、と解釈されている。
70 動物実験等を通じて、遺伝子の働きを調節するメカニズム(「エピジェネティクス」と呼ばれる)が変化しているとの指摘もなされている。(「ひとの健康は胎児期から決まる - DOHaD説(成人病胎児期発症起源説)の第一人者 福岡秀興先生に訊く」(特定非営利活動法人 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議, ニュースレターVol.87号)などより)
71 「欧州で提唱『DOHaD説』 栄養ため込む遺伝子作用」(日本経済新聞, 2016年3月13日, 朝刊16面)によると、早稲田大学の福岡秀興教授(日本DOHaD研究会の代表幹事)のコメントとして、スウェーデンやノルウェーでは、国を挙げて取り組んでいる、と説明されている。
6――おわりに