2|クラウドワーカーなどに対する各国の対応
(1)イギリスにおけるクラウドワーカーに対する対応12
クラウドワーカーが急速に増加しているイギリスでもクラウドワーカーの法的あるいは社会的地位がまだ確立しておらず、専門家の間でも意見が分かれている状況である。議論の焦点は(1)クラウドワーカーの法的地位を認め、雇用法と差別防止法の基準を適用するかどうかと、(2)クラウドワーカーに雇用法と差別防止法が適用された場合、その責任を負う使用者をどのように明らかにするかにある。
2016年にイギリスのロンドンではウーバー(Uber)社(以下、ウーバー)のドライバー2人が、労働者としての法的権利を求めてウーバーを訴訟する出来事があった。原告である彼らは、行動の自由がウーバーによって管理されており、会社に雇用されているのも同然だと訴えた。この件に対してロンドンの雇用審判所
13は2016年10月28日に、労働者としての法的権利を求めてウーバーを提訴したドライバーの主張を認め、彼らは個人事業主ではなく、ウーバーの従業員であるという判決を下した。ウーバー側は、ウーバーのドライバーは柔軟な働き方を求め、自ら個人事業主である道を選んでいるので従業員ではないと反論し、判決を不服として控訴を決めている。もし、この判決の内容が確定されれば、今後ウーバーのドライバーは、最低賃金が適用され、有給休暇の付与などの権利が得られることになる。
1984年の判例法では、労働契約か否かを明らかにする要素として「相互義務」を挙げており、ここでの相互義務とは使用者は雇用者に仕事を与え、雇用者はその使用者のために働くことを意味する。そこで、両者の間に相互義務がなければ労働契約は存在していないことになる。このような相互義務を考えると、定期的な収入や仕事に対する保障がないクラウドワーカーを雇用者として認めるのは難しいのが現状である
14。
しかしながら、ウーバーは、報酬や運賃の設定などを含めて、多様な範囲の伝統的な使用者機能を行っている。また、ドライバーが乗車の要求を許可した件数やスピードを基準に等級制を運営しており、これは事実上、相互義務が最低限で存在するという指標になりえる。このような点が、今回、ロンドンの雇用審判所がウーバーのドライバーを労働者として認めた理由かも知れない。実際、アメリカの控訴裁判所
15では、ウーバーがドライバーにスマートフォンを提供したり、服装の規則から音楽の種類にいたるまで様々な指示を下した点を根拠にドライバーを労働者として分類することに賛成する行政の決定を数回にわたり、引用している。
クラウドソーシングやクラウドワーカーの増加とともにウーバーのみならず、宅配業者Hermes、欧州最大の出前サービスDeliverooのような大手企業における労働時間や報酬、労働条件などが社会問題として認識され始めている。そこで、イギリス議会の雇用年金委員会(Work and Pensions Committee)は、イギリスの社会保障制度が急増している自営業者やクラウドワーカーを十分に支援しているのか、また彼らが何を要求しているのかを調べるために、2016年12月に「自営業及びギグ・エコノミー特別委員会(Self-employment and the gig economy select committee)」を立ち上げた。特別委員会の主な調査内容は次の通りである。
- 普遍的給付16の恩恵を受けている会社員と比べた自営業者の処遇水準
- 最低賃金及び普遍的給付が労働者に与える影響
- 既存の自営業者及び今後自営業者になりたいと思う人に対して雇用支援センター(Jobcentre Plus)が支援すべきことは何であり、これに向けた準備は十分であるのか
- 新生企業補助金(New Enterprise Allowance)はどのような役割を果たしており、改善する点は何か
- 自営業者および自営業者になりたい人たちに向けて雇用支援センターがやるべきことは何であり、これを向けた準備ができているのか
- 自営業者が事業を成長させるのにおいて、雇用年金部が支援できることは何であり、普遍的給付のin-workサービスはどのような役割をしなければならないのか
- 完全雇用を達成(特に障害者、高齢者、介護を担当する責任がある人々を含めて)するのにおいて、自営業は何が貢献できるのか
- 自営業者が将来の老後資金が準備できるようにどのように支援すればいいのか
- 自営業者の年金加入を義務化すべきか
12 Jeremias Prassl(2017)「イギリスにおけるクラウードワーカーの社会経済的状況と法的地位」『国際労働ブリーフ』2016年9月号を一部引用。
13 1964年に設立された労働分野の正式な裁判所。
14 アメリカでもウーバーのドライバーによる訴訟が起きており、例えば、カリフォルニア州とマサチューセッツ州でウーバーを相手どった集団訴訟では、ウーバーとドライバーの間で和解が成立し、ウーバー側が1億ドルの和解金を支払う形で決着した。
15 地方裁判所からの上訴事件を取り扱う連邦裁判所。
16 普遍的給付(Universal Credit)は、社会保障給付の受給者の働く意欲を高めるとともに財源の削減を目的に、既存の給付金の統合、給付金の限度額の設定、不正受給の取締りの強化等を定めたもので、2012 年 3 月 8 日に制定された 2012 年福祉改革法により2013年から施行されている。普遍的給付には、既存の勤労税額控除(低所得の就労者・世帯に対する給付付き税額控除)、児童税額控除(子を有する中低所得世帯を支援して支給する給付付き税額控除で世帯収入に応じた補助金として機能するもの)、住宅給付(賃貸住宅に入居する低所得者に対する家賃の公的扶助)、所得補助(労働が困難な失業者等に対する公的扶助)、所得調査制求職者給付(労働が可能な低収入の失業者等に対する公的扶助で資力調査を要件とする非拠出制の所得関連給付)及び所得調査制雇用・支援給付(一定年齢層の労働が困難な失業者等に対する給付)という六つの給付が統合される。用語の説明は、河島 太朗(2012)「【イギリス】 2012 年福祉改革法の制定」国立国会図書館調査及び立法考査局を一部引用。