前置きが長くなった。私がこのような文章を書く気になったのは、最近、ファミリーレストランで生命保険の販売シーンに出くわすことが多くなったと感じるからである。首都圏の某政令指定都市でマンション住まいをしている私は、1階エントランスホールのソファーとテーブルに陣取って、生命保険の説明が行われている光景にもよく出会う。これも気になる。
マンション族(今や死語?)の中には、私のように、リビングや玄関が客のためにあるなんて考えない人もそれなりに存在するのだろう。玄関で立ち話するには話題が重すぎ、居間に招き入れて聞くほどには緊要性を感じない生保の話で、面識のない営業職員に訪問されても、「お断りします」となるか、「マンションの一階のエントランスにソファーがありますからそちらでお聞きします」とか、「人の目もありますから近所のカフェやファミレスでお話しをうかがいましょう」へと進む。このような事のなりゆきはすごくよく理解できる。販売側の営業職員が女性の場合には、顧客の自宅に上がり込むことに躊躇を感じる人もいるだろう。
少なくとも、消費者としての私はこれまで、車の購入であれ、マンションの購入であれ、いったん店舗等で買う意思を示してきたのに、その後、ご親切にも営業担当者が自宅を訪ねてきて、さまざまな手続きを行ってくれる、といった手順にかなりのストレスを感じてきた口なので、生命保険販売でも同じようなことが起きているのではないかと勘ぐってしまうのだ。
「自宅」への訪問を高く評価する顧客は確かに多数存在する。一方で、わざわざ来ていただかなくてもと負担を感じる顧客も一定割合存在する。私の懸念は、後者の心が生命保険から離れてしまうのではないかということである。
「自宅」訪問ありきの生保営業パターンが崩れていることの1つの現れとして、営業現場がファミレスやカフェにシフトしているのではないだろうか。「自宅」で会うことを絶対的な善と考える生保会社と、自宅では会えないのでファミレスやカフェに顧客を誘う営業職員の間に、認識の相違、ずれが広がっていないだろうか。生保会社が気づかずにいた何年かの間に、生保購入の場を失った消費者がいるのではないか。
顧客にとっても営業職員にとっても、生命保険について腹を割って話しあえる「きちんとした場所」があってほしい。「職場」や「自宅」が「きちんとした場所」である顧客についてはこれまで通りの対応を行えばいい。もう一つぐらい、「そうでない人たち」が、「ああここはいかにも生保加入を交渉する場だ」と納得、安心して、説明を聞き、質問をでき、営業職員も自信を持って営業に当たれる場を作ることはできないものかと思う。
保険ショップの隆盛は、まさにこうしたことへの1つの回答例として、「店舗」という生保販売の場所を提供し、複数の生保会社から代理店委嘱を受けた乗合代理店が対応するという「形」を示し、受け入れられたことが大きいのではないかと思う。保険のスーパーマーケット、保険のコンビニといった発想はずっと昔からあったものだが、その困難さに躊躇することなく地道に取り組んできた結果がみごとに花開いている。
銀行の窓口販売も、渉外行員が自宅や事務所に訪ねて来てくれるよう特別なお客様でもない一般の人々にとっては、店舗がどんと構えている安心感は大きいのではないだろうか。
1社専属の営業職員を抱える生保会社が提供できる、生保販売に相応しい場所とはどこだろう。
たとえば、各社がばらばらに自社ビルに自社専属ショップを作るのではなく、話し合って、集合的な店舗展開を試みるというアイデアはいかがだろうか。保険ショップの例からの消去法的な発想からのものだが、スーパーやデパートの化粧品売場のように、さまざまなブランドの生保会社が、展示会のブースのように、それぞれの一画に小さな自社窓口を設けて隣り合わせて並び、それぞれに販売員を常駐させるという形態をとる。それぞれの生保会社の販売員は自社商品しか説明しないし勧めないが、多くの生保会社の窓口が固まっていることによって、顧客は、各社が自社商品を勧めることのみに務めていることを理解しながら、各店舗を回って比較購入することができる。1社専属が原則とされる生保営業職員が自らの本分を守りながら、顧客の側は比較購入をすることができる。また各社の販売担当者の相互牽制が働くので適正な販売が行われるはずと、顧客の安心感は強いのではなかろうか。もちろんこうしたアイデアは、「出ては消え、試してみては撤退し」の歴史の中で、ずっと成功を得ることができなかった数多くのアイデアの1つでしかない。しかし、やはりなんらかの工夫が必要な時期が来ているように思う。
問題を述べるのみで恐縮だが、「話せる場所」がなかったことが保険についての説明を聞く機会を逃すことにつながり、中流層や若年層が生命保険から離れていく、などという事態に立ち至ることのないよう、生保会社の熟考をお願いしたい。
最後に余談だが、「自宅」が生保販売の場所というのは、決して世界共通のものではない。優秀生保エージェントの団体であるMDRT(Million Dollar Round Table=100万ドル円卓クラブ)が2002年に米国のメンバーを対象に実施した「プロファイル調査」の中には、「どこでセールスのクロージング(最終的な契約締結)を行うことが一番多いか」という質問が設けられている。
それへの回答は、「エージェントのオフィス」が44.5%、「顧客のオフィス」が36.4%、「顧客の家」が16.8%、「エージェントの家」が0.4%、「その他の場所」が1.9%となっていた(グラフ2)。米国では「顧客の家」は一般的な販売場所というわけではない。