近年の経済のグローバル化、産業構造の変化、そして労働力の非正規化の進行などにより所得分配の格差が進み、韓国社会には貧困層が増加することになった。そこで、所得認定額が最低生活費を下回れば、医療や住居などの他の給付も受給できる一方で、所得認定額が最低生活費の基準を少しでも超えた場合、すべての給付が中止される「All or Nothing」をベースにしていた従来(2000年10月から2015年6月まで)のパッケージ給付方式では広がる貧困を防ぐことには限界があった。特に「次上位階層」
1と言われている勤労貧困層は、国民基礎生活保障制度のような公的扶助制度や老齢、疾病、失業等の際に利用できる公的社会保険制度の適用から除外されているケースが多く、貧困から抜け出せない状況に置かれていた。そこで、韓国政府は、増加する貧困層に対する経済的支援の拡大や勤労貧困層に対する自立を助長することを目的に、国民基礎生活保障制度の給付方式を「パッケージ給付」から「個別給付」に変更し、2015年7月1日から施行している。
国民基礎生活保障法の給付方式の改正に大きな影響を与えたのは「松坡(ソンパ)母娘3人の自殺事件」だと言える。「松坡(ソンパ)母娘3人の自殺事件」とは、ソウル市松坡区のある半地下の部屋で生活に苦しんでいた母親が「本当に申し訳ありません」というメモと全財産である現金70万ウォンを家賃と公共料金として残して、2人の娘と共に着火炭を焚いて自殺した事件である。母娘3人は2002年にお父さんが癌で亡くなってから、滞納された病院費等の返済に追われ生活に困窮していた。2人の娘は債務不履行
2や健康悪化によって継続的に働くことができず、その上に生計の責任を負ったお母さんも突然、腕に怪我をして働けなくなった。それ以降母娘3人は更なる生計困難に追いやられており、結局、2014年2月26日、一緒に自殺するという選択をすることになった。母娘3 人は自殺する3年前に国民基礎生活保障制度の対象者になるための申請をしたものの、母親の所得認定額が最低生活費をわずかに超えていたので、受給対象になれなかった。その後は再申請をせずにお母さんの収入だけでぎりぎりの生活をしていた。この事件を契機に福祉死角地帯の問題の深刻性が社会的に大きく浮き彫りになり、韓国政府は「国民基礎生活保障法」を改正する方向に舵を切ったのである。
2000年から約15年間施行されていた国民基礎生活保障制度は、貧困層が増加する中で受給者の選定基準を厳しく維持していたので貧困の死角地帯の解消に対する対策として適切ではなかった。国民基礎生活保障制度の予算は増加傾向にあるものの、増加した予算は既存の受給者の給付額を増やす方向に働いていたので、その結果死角地帯の貧困層はそのまま放置されるケースが多かった(3節の図表8を参照すると、予算額は毎年増加しているのに、受給者数はむしろ減少(2010年~2014年)していることが分かる)。
今回の法改正では、(1)受給者の選定及び給付の支給基準を最低生活費から基準中位所得に変更、(2)パッケージ給付方式から給付ごとに対象者の選定基準及び最低保障水準を決定する個別給付に変更、(3)扶養義務者基準を緩和し、扶養義務者基準により福祉の死角地帯におかれていた人々に対する受給を拡大、(4)貧困対策に対する政府の義務強化、(5)所管中央行政機関の長による基礎生活保障基本計画の策定等の措置を行っている。
ここで、基準中位所得とは国民基礎生活保障制度の受給者選定の基準となる世帯所得の中位値である(図表1)。既存の最低生活費方式では、国が健康で文化的な生活を営むために必要な最低限度の金額を決め、世帯の所得認定額と比較して受給権を認めることに比べて、基準中位所得方式では、世帯の中位所得と所得認定額を比較して受給権を認める。つまり、受給基準を決定する方式が絶対的基準から相対的基準に変わったといえる。