その再生プラン「長門湯本温泉観光まちづくり計画」は、個々の施設ではなく、温泉街全体を再生するという意欲的なプロジェクトである
3。星野リゾートが、高級ラインの旅館を新設するだけでなく、まちづくり計画の策定に協力したことでも話題を呼んでいる。注目すべき点は、長門市長の強いリーダーシップにより、大小すべての旅館が、温泉街全体としてプロジェクトの下にまとまったことにある。観光では、一般にエリアの利害関係者をまとめることが難しいという
4。シャッター商店街の活性化を例にとろう。商店街を地域のコミュニティスペースに再生すべく、リノベーションを計画しても、既にシャッターの奥で静かに年金生活を送る高齢者らにとっては、余計な負担に見えてしまう。現状を変えたい人も居れば、変えたくない人もいるというのが現実なのである。
にもかかわらず、長門湯本温泉がまとまることができた要因として、一つは、主要な旅館の社主が月1回の会合を持ち忌憚なく意見を言える雰囲気があり、危機感も共有できていたことが挙げられる。これまで、大旅館が客を囲い込んだことで小さな旅館は疲弊していた。大旅館の中には、売店や遊技場まで揃っており、温泉街をそぞろ歩きして立ち寄る店は成り立たなくなった。結果として、閑散とした空気が温泉街全体を覆い、大旅館も苦しむ破目になった。温泉街で独り勝ちはできないのである。この教訓ゆえの、街全体の再生であり、大同団結であろうと推察する。
一方、星野リゾートの登場は、温泉街にとって期待と不安の両面がある。ただそうであっても、大小の旅館に限らず、萩焼の窯、路地の売店までが、皆それぞれ個性や持ち味を発揮し、温泉街全体として多様性すなわち愉しみが深まっていけば、結果的に皆が恩恵を受けることになる。そう考えれば、星野リゾートは、再生を象徴するだけでなく、再生過程における一つの求心力となっていくだろう。
また、数字に基づいて考える素地があったことも大きな要因だ。当温泉街では、50年も前から来訪県別の正確な統計を各旅館が旅館組合に提出しており(非公開)、このような例は大変に稀とされる。一般に旅館というものは、余計なやっかみを買わないためか、宿泊数を外部には小さく報告する傾向にあるからだ。正確なデータから、課題を分析し、ターゲットを定め、戦略を練る。合理性や実現可能性が高い計画は、利害の異なる関係者をまとめる説得力を持つ。
もう一つは、政治のリーダーシップである。今回、当地の何人もの口から、大西倉雄市長のリーダーシップを賞賛する声を聞いた。たしかに観光の主役は民間であり、それを支援する官の役割も大きいが、それらすべての関係者を同じ土俵に載せ、目標の達成に向けて巻き込んでいくことは政治にしかできない。次世代にまで続く温泉街共通の夢やビジョンを語り鼓舞することできれば、及び腰の関係者にも一致団結の気持ちが芽生えるだろう。「政治の強いリーダーシップが決め手となる」。これは観光の再生に共通する大きな示唆であると思う。昔日の賑わいを取り戻そうと果敢に挑戦する長門湯本温泉に対し、プーチン大統領の来訪というスポットライトを当てる。これはいわば東京在住の安倍首相のリーダーシップによる「地元」創生の計らいでもあろう。
計画では、持ち味である自然を生かした温泉地として、風呂(外湯)、食べ歩き、文化体験(萩焼等)、そぞろ歩き、絵になる場所、休む・たたずむ空間という、6つの要素でアピールする戦略である。全国人気温泉ランキングで86位に甘んじている現状を脱し、トップ10入りすることを目指す。九州なら別府温泉、黒川温泉に肩を並べるというチャレンジングな目標だ。