3|アーツカウンシルの理念とビジョン
これからの地域アーツカウンシルのあるべき姿を考える上で、最後にもう一つだけ付け加えておきたい。それは、何よりも理念やビジョン、言い換えれば、アーツカウンシルを創設する「動機」が極めて重要だということである。
その参考として、1945年に設立された英国アーツカウンシルの初代会長ジョン・メイナード・ケインズの言葉、そして2012年のアーツカウンシル東京の設立における東京芸術文化評議会の福原義春会長の言葉を紹介したい。
[アーツカウンシル:その政策と希望]
「私たちの最初の目標は戦争が私たちから奪い去ったものを取り戻すことでした。しかし程なく、私たちは平和な時代にすら存在したことのなかったものを提供しようとしている、ということに気がついたのです。だからこそ、C.E.M.A.(訳注:Council for the Encouragement of Music and the Arts音楽・芸術振興評議会、Arts Council of Great Britainの前身)は、新しい名前とより幅広い機会を与えられ、平和の時代にも存続し続けるべきだ、という決定が、連立政権の最後の決議の中に含まれていたのです。これから、私たちは、憲法で独立が保障され、官僚主義に束縛されず、しかし国庫から資金提供を受ける恒久的な機関となるのです。英国議会が私たちへの予算配分を議決する時はいつも、英国議会は私たちの活動に満足していなければなりません。つまり結局のところ、私たちは英国議会に対する責務を有しているのです。もし、私たちが愚かな振る舞いをすれば、国会議員は誰もが財務大臣に問うことができるでしょう、なぜ(訳注:アーツカウンシルに予算配分をすべきなのか)と。私たちの名は、Arts Council of Great Britainとなるのです。
財務省は、ようやく、生活を文明化する芸術を支援し、奨励することが、彼らの職務の一部であると認識したのです。しかし、わたしたちは社会的な企てのこの側面を社会主義化するつもりはありません。最近、紛争を起こしている政党が産業の社会化についてどのような考えを持とうとも、芸術家の仕事というのは、あらゆる意味において、また生まれながらにして、個別のものであり、自由だということ、また、統制されるべきでも、管理されるべきでも、規制されるべきものでもない、ということを誰もが受け入れること。それを私は願っています。芸術家は魂の息吹が導くままに歩みます。芸術家に行き先を告げることは誰にも出来ません。芸術家自身ですら、それを知らないのです。しかし、彼らは私たちを新鮮な牧草地へと導いてくれます。公的機関の仕事は、指導したり、検閲したりすることではなく、勇気と自信とチャンスを与えることなのです。」
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ジョン・メイナード・ケインズ(1945年7月12日)
[アーツカウンシル東京の発足にあたり]
「2007年12月に東京都が設置した東京芸術文化評議会は、芸術文化に関する諸政策を国と都が協働して推進するために、『文化芸術の力で日本にクリエイティブな活力を』という提言を2010年に発表しました。その骨子は、まず第一に、文化を成長戦略の重要な軸としてとらえて国策を再構築し、文化への投資で日本に活力を与えるというもの。二番目に、次世代の人材育成や民間による文化芸術支援を促進していくこと。さらに三番目の提言として、国と地方が各々のタテ割りのミッションを超え、さらに官民が協力できるような仕組みづくりについて言及しました。
財政・行政とアームズ・レングス関係の、つまり互いに適度な距離で牽制し合いながら独立性を保って活動できる機関を、日本の社会あるいは政治の中でどう作ることができるのかということを、皆さんと一緒に研究しました。そして一番インパクトの強い方法を考えたとき、やはり日本の首都であって世界最大のメガシティである東京に、そのような文化装置をつくることが必要ではないかと考えました。
日本人はあまり気づいていませんが、私は日本文化というのは既に世界的な価値になっていると認識しています。そして、日本にはまだまだ多くの文化資産が残っています。また、その一部は私たちが気づかないうちに伝統になってしまっています。ですから、私たちは自分たちの創造が世界の生活向上、または世界中の人の精神の豊かさにさらに役立つということについて自信を持っていいのです。アメリカとは違い、フランスとも違い、英国とも違う日本のアイデンティティというのは一体何か。これからは、日本のアイデンティティ、日本の『型』をもう一度確立した上で、国内仕様の文化を国際仕様に変換し、しかももとのアイデンティティを損なうことなく、全体として日本性が感じられるような価値を創造することが我々の課題であると認識しています。
もはや経済価値の積み上げだけでは世界は動きません。誰もがそのことに気がついています。今こそ、歴史や人間の知恵に裏づけられた文化力が必要なのです。アーツカウンシル東京の発足を出発点として、文化による社会変革が起こることを期待しています。」
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福原義春(2012年11月5日)
日本は世界のどの国も経験したことのない超高齢社会に突入し、人口減少が始まった。全国各地で高齢化、過疎化が進み、地域の疲弊は極めて深刻である。そうした時代にあって、これまでとは異なる価値観に基づいて新たな成熟社会を創出し、従来の概念にとらわれない発想で地域の活力を創出していくことが求められている。
その際、芸術文化は大きな力を発揮する可能性を秘めている。その力を最大限に引き出し、市民や地域と協働して未来を切り拓くためにも、地域アーツカウンシルは大きな鍵を握っていると思えてならない。
13 The Arts Council of Great Britain(1946)に転載された原文を抜粋・翻訳
14 アーツカウンシル東京正式発足フォーラム(平成24年11月5日於東京文化会館)講演より抜粋