グローバル競争が激化する中で、従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出し、イノベーション創出につなげていくためのオフィス戦略が重要になっている。人と人との直接のコミュニケーションやコラボレーションをより一層促進するオフィス空間からは、画期的なアイデアやイノベーションが数多く生まれるのである。
先進的なオフィスづくりの共通点は、オフィス全体を街や都市など一種のコミュニティととらえる設計コンセプトに基づいているということである。具体的には、インフォーマルなコミュニケーションを喚起する休憩・共用スペースを効果的に設置し、組織を円滑に機能させる従業員間の信頼感やつながりを育む視点を重視していることだ。加えて、省エネ・温暖化ガス削減など地球環境への配慮も志向している。そして最近では、従業員の心身の健康への配慮も重要な要素だ。
先進的なグローバル企業は、既にこのような考え方を実践しており、欧米を中心にオフィスづくりの創意工夫を競い合う時代に入っている。
例えば、米グーグルでは、従業員にとって至れり尽くせりともいえる、個性的で遊び心満載のオフィスづくりがなされている。同社が従業員に贅沢なまでの快適なオフィス空間を提供するのは、オフィス空間が従業員の創造性に大きく影響を与えることを熟知しているからだ。優秀な人材を採用しているとの確信の下に、創造的で自由な環境さえ提供すれば、優秀な従業員の創造性は最大限に引き出され、イノベーションが生み出されるとの考え方が、経営陣に浸透しているのである。
企業がイノベーションを生む創造性を大切に育むためには、経営資源をぎりぎり必要な分しか持たない「リーン(lean)型」の経営ではなく、経営資源にある程度の余裕、いわゆる「組織スラック(slack)」を備えた経営を実践しなければならない。
例えば、従業員が気軽に集える共用スペースは、イノベーション創出のために確保しておくべき組織スラックであるが、リーン型の経営を徹底すれば、仕事に関係のない無駄なものとして撤去されてしまうだろう。これまで多くの日本企業がそうであったように、効率性のみを追求したオフィス空間は、個性のない均質なものになってしまう。そうすると、社内の活気や創造性が失われ、イノベーションが生まれない悪循環に陥ることになるだろう。
さらに、創造的なオフィス空間を活かすためには、柔軟で裁量的なワークスタイルの許容が不可欠であり、働き方にも組織スラックを取り入れる必要がある。
創造性豊かで能力の高い人材は、仕事をライフワークととらえ、仕事と生活を融合一体化させる働き方を志向している。このような人材の確保・定着のためには、企業は、創造的で自由なオフィス空間の整備と柔軟で裁量的なワークスタイルへの変革を、セットで推進することが求められている。米シリコンバレーでは、ハイテク企業の間で人材の引き抜き合戦が激しく繰り広げられており、企業は、優秀な人材の確保・定着のために、必然的に働きやすいオフィス環境を整備・提供せざるを得ない。日本企業では、オフィス環境の整備の巧拙が人材確保に大きな影響を及ぼすとの危機感は、未だ欠如しているのではないだろうか。
クリエイティブオフィスの基本的な設計コンセプト、すなわち「基本モデル」は、前述の「先進的なオフィスづくりの共通点」で具体的に述べたようなものにほぼ固まりつつあり、近未来や次世代のオフィスでも、この基本モデルは大きく変わらないだろう。企業がクリエイティブオフィスの基本モデルを一刻も早く取り入れ、それに「魂を入れて」、構築・運用を始めるべき時代が到来していると言えよう。
筆者は、クリエイティブオフィスの基本モデルという器に注入すべき「魂」とは、前述のワークスタイルの変革とともに、何よりも重要なのが各社の経営理念であると考える。そして、「魂を入れる」とは、経営理念にふさわしいオフィスのロケーションの選択、インフィル(内装)を含めた不動産としての設えの構築、オフィスの愛称の選択などを実践することである。
経営トップには、クリエイティブオフィスを構築する段階で、オフィスに経営理念をしっかりと埋め込み、オフィスを経営理念や企業文化の象徴と位置付けて、全社的な拠り所となる求心力を持つ場に進化させていくことが求められる。そしてクリエイティブオフィスの運用段階では、ワークスタイルの変革を遂行しなければならない。
クリエイティブオフィスの考え方を取り入れ実践する日本企業は、未だごく一部にとどまっている。経営理念とワークスタイル変革という「魂」を注入した、創造的なオフィスづくりに着手することが急務となっている。