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勧誘の現行解釈における限界
現在、消費者委員会の部会では消費者契約法の改正審議を行なっている。消費者契約法とは民法の特則を定めるもので、事業者と消費者との間の契約関係を定める法律だ。たとえば不動産を売買する契約を結ぶとする。売買契約については通常、民法のルールが適用されるが、不動産会社と一般の消費者が契約をした場合は、民法に優先して消費者契約法のルールが適用される。不動産に限らず、事業者と消費者の間の契約(消費者契約)にはすべて消費者契約法のルールが適用される。
消費者契約法にはいろいろな規律があるが、その柱のひとつが、消費者が契約をする際に事実と異なる重要情報に基づいて誤って判断をした場合には契約を取り消せるとするルールである (消費者契約法第4条)
1。ただ、このルールは「消費者契約の締結について
勧誘をするに際し」、事業者が事実と異なることを告げた場合等に消費者は契約を取り消すことが出来ると定めていることから、消費者が受け取った情報が「勧誘」の際であったかどうかで法的な取扱が変わってしまう。
この点、消費者庁の編集した「逐条解説消費者契約法」では、「勧誘」とは「
消費者の契約締結の意思に影響を与える程度の勧め方」をいうとされている。そして特定の者に向けた勧誘方法は「勧誘」に含まれるが、不特定多数のものに向けられ、特定の消費者に働きかけていないものは「勧誘」に含まれないとしており、例として「広告」が挙げられている。つまり、消費者契約法では、
事実と異なる内容の勧誘につられて契約した場合には契約取消が出来る。一方、
事実と異なる内容の広告につられて契約した場合では契約取消が出来ないということになる。どうしてこのような整理になったのか。
それは消費者契約法が15年前に作られた法律であり、従来のCMやチラシを見て店で買うような消費行動、あるいは店頭等で勧誘を受けて購入する行動を想定して作られたから、と推測される。前者のCMやチラシは不特定多数に向けた広告であり、ここでの誤記載があっても契約を取り消せないが、後者のような個人に向けた勧誘の際に誤った説明があれば取り消せるとの解釈を消費者庁は立法以降採用してきた。
しかし、テレビショッピングCMや通販ウエブサイトなど確かに不特定多数に向けたものではあるが、個別の消費者の意思決定に大きな影響を与えると考えるべきものが増えてきた。これらを従来の一般的なCMやチラシ同様不特定多数向けのものだから契約取消はできないというままでいいのか、というのが現在の消費者委員会部会の問題意識となっている。審議の過程では「勧誘」要件をはずしてはどうか、という案が出たこともある。しかし、これでは広告にすべてこのルールが適用されてしまう。しかし、これには問題がある。
なぜなら事業者は「事実と異なる」とされないために、広告に注意書きを記載したり、あるいはセールス文言とともに不利益事実を列挙したりしなければならなくなるおそれがあるからだ。事業者にとっては、単なる企業イメージ的なCMやごく簡単な商品内容を説明する短時間のCMにまでこんなことを求められてはたまらないであろう。
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勧誘要件の解釈の変更という方向性
現段階では、消費者委員会の部会では、「勧誘」要件を残しつついわゆる広告のなかにも勧誘に該当するものがあるとの解釈を明示する方向で議論が進められている。広告か、勧誘かという線の引きようのない二分法で議論をするのではなく、不特定多数に向けた広告の形態をとっていても、勧誘に該当するものもあるというのは現状に照らせば否定しにくいであろう。ただ、そうであれば重要なのは、事業者に適時適切に商品説明を行なわせるとともに、事業活動の萎縮を招かないために、勧誘とはどのような行為をいうのかをできるだけ明確にする必要があるということだ。
今後、消費者委員会あるいは消費者庁で勧誘の解釈を明確化するべく検討が行なわれるものと思われる。その際には、事業者に契約取消による損害が発生するとしても契約が取り消されるべき行為の範囲あるいは形態がどのようなものか、を探るという作業が行なわれることになる。しかし、この作業はそう簡単ではない。この点に関連して、最近、勧誘の範囲が議論された保険業法での状況を見つつ、この問題を見ていきたい。
1 消費者契約法では消費者の利益となる重要事項を告知しながら不利益を告知しなかったり、断定的判断を提供したりした場合に取消が出来るなどのルールがあるが、これらも「勧誘に際し」との要件がかけられている。