認知症がなくなる日も近い?

基礎研REPORT(冊子版) 2015年12月号

2015年12月07日

(前田 展弘) 高齢化問題(全般)

長寿時代を生きる私たちにとって「認知症」は極めて大きな「課題」であり、「脅威」である。かつて高齢者等を対象としたインタビュー調査をしたときにも、多くの人が"死ぬことよりも認知症になることが怖い、絶対になりたくない"、と話していたことが記憶に新しい。自分がわからなくなる、自分らしさを失うという状態は想像もできないし、想像もしたくないのが本音であろう。

1――認知症治療・予防に光明が

ところが近年になって、「認知症は治せるかもしれない、予防できるかもしれない」という話をよく見聞きするようになった。最近手にした書籍、東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授が書かれた『生涯健康脳』(2015年6月)でもその可能性を確認することができた。認知症はこれまで症状の進行を遅らせる薬はあっても、治せない、予防できない、「不治の病」とされてきたが、それが克服できる可能性が高まってきたということである。具体的には、認知症患者の50%を占める「アルツハイマー型認知症」について、予防と治療の可能性が高まってきているのだ。

では、どのような光明の兆しがあるのか、ここでは「測定技術の進歩」と「効果的な薬の登場」について紹介したい。まずアルツハイマー型認知症とは何かを説明しておくが、これは脳内の血管に「アミロイドβたんぱく」と「タウたんぱく」というたんぱく質の「かす」が蓄積されていくことが原因の発端にある。これらが長年にわたって脳内に蓄積されていくと、アミロイドβの中の毒性やタウたんぱくが変化した物質によって脳内の神経細胞が破壊され、やがて記憶障害や認知機能障害が引き起こされていくというプロセスを辿る(発症するかどうかは個人差がある)。アミロイドβとタウという2つのたんぱく質の存在が、予防にしろ、治療にしろ重要な鍵を握るのである。

2――期待される「測定技術」と「薬」

この蓄積状況(たんぱく質の沈着度)は、今ではMRI(磁気共鳴画像)、あるいはPET(陽電子放射断層撮影)で科学的に測定できるようになってきたが、このことに加えて注目されているのが「採血」による測定である。MRIやPETを利用することは費用的な面からも個人にとっては縁遠いところがあるが、採血で簡便に測れるようになれば、多くの国民がより身近に脳の状態を知れることになる。これはまだ商品化(実用化)には至っていないが、昨年11月に国立長寿医療研究センターと島津製作所の共同研究の成果として発表された話である。

脳の状態をより早期にわかれば、あとは原因となる「かす」を溜めない、排出することが必要になる。そこで現在注目されているのが「動脈硬化の再発を防ぐ薬」である。瀧氏の著書から引用すれば、「この薬は血液をサラサラにして、血液の塊が血管の中に詰まらないようにするものだが、アミロイドβを減少させる働きがあることもわかった」ということである。確かに血管に溜まった「かす」が原因であることを考えれば、血液をサラサラにしていくことが効果的であることは納得的である。まだ実際の臨床場面では使用できないようであるが、既存の薬を利用できる分、新薬を開発するよりは近い将来、この薬を利用できることが期待できる。

3――「アクティブな生活の継続」が最大の予防策

以上のように、自分の状態を早期に把握できて、早めに薬で対処できれば、確かにアルツハイマー型認知症は予防できるようになるのかもしれない。そのようなことが現実となる日が待ち遠しいところである。ただ、これらのことに加えて、認知症予防に関する研修等の場でよく聞く話であるが、最大の予防は脳内に「かす」を溜めないような、脳内の血流の循環を活発にするような生活を心がけることだと考える。換言すれば、脳に血流が流れないような「退屈な生活をしない」ということである。これもよく指摘されていることではあるが、例えばリタイアした後、家に閉じこもってテレビばかりを見ているような生活を続ければ、身体にも良くないだろうし(生活不活発病を発症)、脳にも良くないことは想像に難くない。外に出て、人と会って対話をする、こうしたことだけでもかなり脳内に血流は流れていく。アルツハイマー型認知症の予防策を突き詰めれば、普通の健康的なライフスタイルを何歳になっても継続することではないかと考えている。

生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘(まえだ のぶひろ)

研究領域:ジェロントロジー(高齢社会総合研究)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

経歴

2004年     :ニッセイ基礎研究所入社

2006~2008年度 :東京大学ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員

2009年度~   :東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
(2022年度~  :東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員)

2021年度~   :慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター・訪問研究員

内閣官房「一億総活躍社会(意見交換会)」招聘(2015年度)

財務省財務総合政策研究所「高齢社会における選択と集中に関する研究会」委員(2013年度)、「企業の投資戦略に関する研究会」招聘(2016年度)

東京都「東京のグランドデザイン検討委員会」招聘(2015年度)

神奈川県「かながわ人生100歳時代ネットワーク/生涯現役マルチライフ推進プロジェクト」代表(2017年度~)

生協総研「2050研究会(2050年未来社会構想)」委員(2013-14、16-18年度)

全労済協会「2025年の生活保障と日本社会の構想研究会」委員(2014-15年度)

一般社団法人未来社会共創センター 理事(全体事業統括担当、2020年度~)

一般社団法人定年後研究所 理事(2018-19年度)

【資格】 高齢社会エキスパート(総合)※特別認定者、MBA 他

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)

関連カテゴリ・レポート