カナダ公的年金の積立金を運用するカナダ国民年金投資委員会(CPPIB)は、2015年3月末時点の運用資産が2,646億カナダドル(以下C$、約25兆円)と世界有数の規模を誇る年金基金である。またオルタナティブ資産の比率が高く、政策アセットミックスを持たない独特な運用管理手法を採用していることから、海外の代表的な年金基金として紹介されることも多い。当所でも前田(2013)
ⅰで取り上げたが、その後、運用管理手法を変更するなど進展があったため、本稿で紹介する。
まず、これまでの運用管理手法を振り返っておこう。CPPIBは、ベンチマークである参照ポートフォリオ(Reference Portfolio)に対してアクティブ運用を行い、超過リターンを獲得することを運用目標に掲げている。参照ポートフォリオは、株式・債券インデックスによるパッシブポートフォリオで、長期的に目指すべき株式・債券比率を示している。アクティブ運用として注力しているのが、PEや不動産、インフラなどオルタナティブ資産への投資で、それらのリスクを伝統的資産と一体的に管理するための手法がトータルポートフォリオアプローチ(Total Portfolio Approach)である。同手法は、各運用プロダクトのリスクを株式と債券のリスクに分解し
ⅱ、ファンドの株式・債券比率が参照ポートフォリオから大きく乖離しないよう管理するというもので、これによりファンド全体のリスクをコントロールしている。政策アセットミックスをリスク管理の中心に位置付ける多くの年金基金と比較して、明示的なルールが少ないため、裁量で管理される部分が多く、シンプルかつ柔軟にリスクを管理できるのが、トータルポートフォリオアプローチの特徴である。
これに対し、CPPIBは2015年4月から、リスク管理を強化するために、新たな運用管理手法を導入した。その背景にはリスク運用の拡大があり、参照ポートフォリオの株式・債券比率を、2015年3月末時点の株式65%:債券35%から、2018年3月には株式85%:債券15%まで引き上げる方針である。CPPIBは、2030年までに運用資産が現在の2倍弱である約5,000億C$まで増加することを見込んでおり、その安定成長する資産を長期的な視点で運用できるという優位性から、従来より高いリスクが許容可能として今回のリスク運用拡大に踏み切った。
新しい運用管理手法の特徴は、従来の大枠を維持しつつも、政策アセットミックスを導入した点だ(図表参照)。CPPIBの政策アセットミックスは戦略ポートフォリオ(Strategic Portfolio)と目標ポートフォリオ(Target Portfolio)で構成される。戦略ポートフォリオは、5年以上先の資産構成割合の長期ビジョンを示し、資産クラスとして①上場株式、②非上場株式、③国債(高格付)、④債券(③以外の債券)、⑤実物資産、⑥絶対リターン戦略と現金、を設定している
ⅲ。3年毎に内容を見直し、参照ポートフォリオと同等のリスク量で長期的なリターンを最大化するよう決定する。一方、目標ポートフォリオは、戦略ポートフォリオや市場環境等を考慮して毎年度設定され、戦略ポートフォリオを構成する6資産それぞれについて、当年度の資産構成割合の許容レンジを示す。一般的な政策アセットミックスにおける資産構成割合が戦略ポートフォリオ、乖離許容幅が目標ポートフォリオだと理解して頂ければわかりやすい。