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コラム

日本を米国車が走りまわる日-掃除機は「でかくてがさつ」から脱却-

2025年05月01日

(磯部 広貴) 保険商品

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1――米国車と日本市場

かつて年配の米国人がこう語っていた。1980年代くらいまで米国車は故障することが多かった。しかし日本車は故障しないので一度乗ったらやめられない。その後、何度も日本車を買い替えたが米国車に戻るつもりは全くない、と。

筆者は10年近く前まで、米国内の出張の際は到着地の空港からレンタカーで動いていた。おそらく下取り価格が高いからであろう、レンタカーで日本車に当る機会は非常に少なく、結果として多種類の米国車を運転してきた。さすがに故障することは一度もなかったものの、使い勝手がよいとも言えない。あえて米国車の印象を総括すれば「でかくてがさつ」、ユーザーフレンドリー感に乏しい。左ハンドルを右ハンドルに変えたところで、わが国で売れるようには思えなかった。

現在、トランプ政権による関税政策が世界を揺るがしている。わが国に関してはトランプ大統領より「日本では米国車が走っていない」といった指摘がなされている。自動車の輸入に関税は課されていないため関税が米国車を日本市場から締め出しているわけではないし、実際にも米国車の輸入が皆無というわけでもない。とはいえ安全基準という非関税障壁ゆえにわが国では米国車の輸入が阻害されているといった主張である。

トランプ大統領の言及する安全基準が正しい理解に基づくものかは疑わしいところであり、わが国では、そもそも米国車は日本市場で売れるような努力をしていない、端的に言えば日本市場で売れるだけの魅力がないからだ、米国車の輸入が僅少であるのは当然の結果に過ぎないとの反応が見られる。筆者自身も先述した自身の経験から、その反応には強く同意するところながら、一つ気になる点がある。現在をそのように語る人たちは、将来も米国車がわが国で売れることなどないと高をくくっているように感じられることだ。

2――ダイソンの躍進

筆者は20数年前、初めて米国に引っ越した。わが国で使っていた家電製品は持って行っても使えないので倉庫に預け、現地で家電製品を調達することになったのだが、その中に掃除機もあった。
当時のわが国の掃除機は主にキャニスター型と呼ばれるもので、掃除機本体に車輪がついて動くため、重いと感じることは少なかった。

ところが米国の家電量販店に行ってみるとスティック型という縦長の構造のものばかりで、その中から手ごろな価格のものを選んだ。右に示した画像はChat-GPTに作らせたイメージだが、実際に筆者が購入したスティック型の掃除機は基本構造が同じでも質感はこの画像の3~4倍くらいあったと記憶している。
これがとにかく重い。米国の住居はわが国のそれよりも広いのだから強い吸引力が求められることは理解しうるものの、高齢者だけで住んでいる家庭だってあるだろう。ユーザーに老若男女がありえることを想定していない「でかくてがさつ」な製品と感じた。

ジャパンアズナンバーワンの時代はとうに過ぎていたけれど、まだバブル崩壊から10年ほどしか経過していない時期である。家電製品は日本製がよいはずという先入観もあって、こんな掃除機、日本市場では1台も売れないだろうな、と思ったものである。

その掃除機のメーカーはダイソンといった。

それが今や、筆者の行く家電量販店の掃除機コーナーで最も広い売り場を誇っているのがダイソンである。もちろん今の製品は同じスティック型とはいえ往時とは全く違う。細く軽くスタイリッシュでコードレス、気軽に持って掃除をしようとする気になれる。筆者の過去の経験からは、あのダイソンがいつの間にか日本市場に参入して、わが国の掃除機メーカーのシェアを奪ったという事実は驚愕の他ないのだが、相応の商品開発と営業努力をした成果なのだろう。ダイソンは厳密には英国の会社だが、シャークという米国のメーカーも同じくスティック型掃除機で家電量販店の中に広い売り場を持っている。少なくとも掃除機に関して米国製品はとうに「でかくてがさつ」から脱却していたということだ。

3――米国を侮らず商品開発を

米国の掃除機は「でかくてがさつ」から脱却したのに、自動車だけは脱却できないはず、わが国で日本車は今後も安泰と落ち着いていてよいものだろうか。昨今はわが国においてもミニバンのように大きな車に乗る人が増えてきているし、一方、軽自動車は日本車でなくてはならないということもないだろう。

振り返れば手のひらの上でメッセージを送るような携帯端末は、いかにも繊細な日本企業のお家芸であったように感じるのだが、その機能は米国発祥のスマホが担うようになって久しい。米国でスマホが開発されていた頃、わが国では必死になって世界一薄いガラケーを作ろうとしていた、というのはよく聞くところで、時代から取り残される結果となった。

わが国を米国車が走りまわる日が実際に来たならば、そのとき、何がわが国の得意産業であるのだろうか。想像することさえ少し恐ろしい。米国から貿易に関して要求されることなどなく「基地だけ貸してくれたら問題なし」といった国になっているのかもしれない。

そうならないためには、スティーブ・ジョブズのような天才の登場まで期待するのは難しいとしても、米国を侮ることなくダイソンが過去に行ったような商品開発を進める日本企業でなくてはならない。残念ながら筆者のような保険研究員が実際にできることはないので、こう言うしかない。自動車産業に限定することなくガンバレ!ニッポン!!

保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴(いそべ ひろたか)

研究領域:保険

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴

【職歴】
1990年 日本生命保険相互会社に入社。
通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

【加入団体等】
日本FP協会(CFP)
生命保険経営学会
一般社団法人 アフリカ協会
一般社団法人 ジャパン・リスク・フォーラム
2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

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