NEW

円安が続く背景を改めて点検する~円相場の行方は?

2025年10月06日

(上野 剛志) 金融市場・外国為替(通貨・相場)

2.日銀金融政策(9月)

(日銀)政策金利維持+ETF・J-REITの売却を決定
日銀は9月18日~19日に開催した金融政策決定会合(MPM)において、政策金利の据え置きを決定した。これまで同様、無担保コールレート(オーバーナイト物)を0.5%程度で推移するように促すこととした。ただし、今回は0.75%への利上げを主張し、据え置きに反対票を投じた委員が2名現れた。高田委員は「物価が上がらないノルムが転換し、物価安定目標の実現が概ね達成された」として、田村委員は「物価上振れリスクが膨らんでいる中、中立金利にもう少し近づけるため」として、それぞれ利上げを主張した。
 
一方、当会合では、これまで買入れたETFとJ-REITについて、市場での売却を行うことを全員一致で決定した。当分の間の売却のペースは、7月に完了した「金融機関から買入れた株式の売却」と同程度の規模(市場全体の売買代金に占める割合で0.05%程度)ということで、ETFは年間3300億円程度(簿価ベース)、J-REITは年間50億円程度(同)とされた。

なお、市場の安定に配慮した仕組みとして、「上記の売却ペースの下での(市場の状況に応じた)売却額の一時的な調整・停止」と「MPMにおける売却ペースの見直し」のオプションを備えることで柔軟性が確保されている。今後、所要の準備が整い次第、売却が開始される予定となっている。
 
MPM後の総裁会見において、植田総裁は先行きの経済見通しについて、「各国の通商政策等の影響を受けて、(中略)成長ペースは鈍化する(その後持ち直しへ)」、基調的な物価見通しについては、「成長ペース鈍化などの影響を受けて伸び悩む(その後持ち直しへ)」と、一旦ともに鈍化するとのシナリオを維持した。

今後の政策運営に関しては、「現在の実質金利が極めて低い水準であることを踏まえると、以上のような経済・物価の見通しが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」、「各国の通商政策等の今後の展開や、その影響を巡る不確実性が高い状況が続いていることを踏まえ、内外の経済・物価情勢や、金融市場の動向等を丁寧に確認し、予断を持たずに判断していくことが重要」と従来の姿勢を踏襲した。そして、「不確実性が高い中、もう少しデータなり情報なりをみたい」と付け加えた。

高田委員が2%前後に達していると評価した基調的な物価上昇率については、総裁自身の評価として、「まだ(2%を)少し下回っていて、しかし 2%に向けて近づきつつある過程にある」と説明。また、田村委員が指摘した物価の上振れリスクの高まりに関しては、「もちろんリスクとして一つあると思うけれども、米国の関税政策の影響等がこれから一段と出てくる可能性がある中で、景気に対する下振れリスク、それを通じて物価に対する下振れリスクも意識しないといけない」と述べ、利上げを主張する2委員との認識の差を示唆した。
 
今後の政策を占う焦点となる米国経済については、「現在まだ底堅さを維持している」としたものの、「関税の消費者物価への転嫁が進んでいったときにどういう姿に全体としてなるかというところは、まだ必ずしもみえていない」と言及した。ただし、「最後までみなければ分からないというわけではなくて、逐次入ってくる情報に基づいて、全体の姿がどういうふうになりつつあるかということを予想して、われわれ動かざるを得ない」と付け加えた。
 
国内の食料品価格上昇については、今後上昇が収まっていくとの見通しを維持したが、食料品インフレが長引いた場合の影響として、「期待インフレ率に影響を与えて、それが基調物価にも引き上げる方向に影響を及ぼすというリスク」と、「消費者マインドを委縮させて、それが経済、基調物価にもマイナスの影響を及ぼしていくというリスク」の双方向のリスクを挙げた。
 
ETF等の売却について、売却額を年間3300億円とした根拠については、「市場等に攪乱的な影響を与えることを極力回避する観点から、本年 7 月に完了した金融機関から買い入れた株式の売却と、同程度の規模とした」と説明。また、このタイミングで決めた理由については、「7月に、金融機関から買い入れた株式の処分が完了し、その過程でETF等の売却を進めるうえでの有益な知見が蓄積された」こと、「それを踏まえた実務的な検討にもめどがついた」ことを挙げた。

そして、売却に要する期間については、「今回決定した売却ペースで売却するとした場合、(中略)単純に計算すれば100 年以上かかることになる」、「現時点では、今日発表させて頂いたようなペースで淡々と、(中略)100 年以上かけて売っていくつもり」との認識を示した。
 
また、9月29日には、野口審議委員が札幌で講演を行った。野口氏は、「現状のように労働市場は完全雇用近傍に到達しており、マクロ的な需給ギャップもほぼゼロに達していると思われる状況では、下方リスクのみではなくて上方リスクにも配慮することが必要」、「純粋に国内の経済状況という観点だけからみれば、そうした意味での新たな政策視野が必要な段階が近づきつつある」と早期の利上げに前向きな姿勢を示した。一方で、「わが国経済は現在、米国の関税政策による大きな下方リスクに直面していることもあり、当面は、物価の基調を可能な限り慎重に見極める必要がある」と当面様子見姿勢を採ることの必要性にも言及した。
 
さらに、10月3日には、植田総裁が大阪で挨拶を行った。挨拶の内容は、9月MPM後の会見における経済・物価見通しを基本的に踏襲したものであった。そうした中で、総裁は「15%というこれまでにない高い関税は、わが国経済の下押し要因として作用することになる点を踏まえると、まずは、緩和的な金融環境を維持し、経済活動をしっかりと支えていくことが大切」と述べ、「当面は、(中略)米国を始めとする世界経済の動向、関税政策がわが国企業の収益や賃金・価格設定行動に与える影響、食料品価格を含めた物価動向などを点検していくことになる」と述べた。
(今後の予想)
日銀は今後数カ月様子見姿勢を維持し、来年1月に0.25%の利上げに踏み切ると予想している。9月MPMでは2名の委員から利上げの主張が為され、野口委員も講演で利上げにやや前向きな姿勢を示したが、植田総裁をはじめとする日銀執行部は関税への警戒を解いておらず、「利上げの前に関税の影響をしっかりと確認したい」という意向を持っていると推測される。まだしばらく時間を要するだろう。

一方、来年1月になれば、(1)内外経済への関税の影響が甚大にはならなさそうなこと、(2)来春闘に向けた賃上げ機運が継続してること、が経済データや企業による情報発信からある程度確認可能になるほか、(3)高市政権の政策の方向性と金融政策のスタンスの確認及び政権との調整も可能になると考えられるため、利上げの環境が整うだろう。
 
高市政権発足(現段階では見込み)の影響としては、既述の通り、従来よりも日銀が利上げに踏み切る際のハードルは高まると見ている。利上げに際して、日銀はより丁寧な説明やエビデンスが求められるだろう。ただし、日銀が利上げを停止すれば、円安が進んで物価高に拍車がかかり、政権支持率に悪影響が出かねないこと、米トランプ政権が円高ドル安に繋がる日銀の利上げを望んでいるとみられることから、政権としても早急な利上げには難色を示すものの、日銀の利上げ継続自体を否定することはしないと見ている。

3.金融市場(9月)の振り返りと予測表

3.金融市場(9月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り)
9月の動き(↗) 月初1.6%台前半でスタートし、月末は1.6%台半ばに。
月初、自民党幹部の辞任表明を受けて財政拡張観測が高まり、1.6%台前半にやや上昇したが、米雇用関連指標の悪化に伴う利下げ観測を受けて低下し、9日は1.5%台半ばを付けた。中旬には株高等によりやや持ち直した後、9月MPMで2名の委員が利上げを主張したことを受けて日銀による早期利上げ観測が高まり、19日には1.6%台半ばまで水準を切り上げた。下旬にも野口委員のタカ派的な発言を受けて日銀の早期利上げ観測が高止まりし、月末にかけて1.6%台半ばでの推移が続いた。
(ドル円レート)
9月の動き(↗) 月初147円台前半でスタートし、月末は148円台後半に。
月初、自民党幹部の辞任表明を受けた財政拡張観測によって3日に148円台後半まで円が下落した。その後は雇用関連指標の悪化に伴う米利下げ観測の高まりを受け、9日に147円台前半に戻り、FOMCを控えた17日には146円台半ばを付けた。同日のFOMCでは利下げ再開が決まったが、パウエル議長が追加利下げに慎重な姿勢を見せたことでドル高反応に。続く19日のMPMでは2名の委員による利上げ主張を受けて一旦円高に振れたが、植田総裁会見において早期利上げに前向きな姿勢が示されなかったことで円安方向に戻し、翌営業日の22日には148円台前半を付けた。月の終盤には、米経済指標の改善を受けて150円に肉薄したが、米政府閉鎖への警戒がドルの重石となり、月末は148円台後半で終了した。
(ユーロドルレート)
9月の動き(↗) 月初1.17ドル台前半でスタートし、月末は1.17ドル台半ばに。
月初、仏内閣の信任投票を控え、財政懸念から2日に1.16ドル台半ばに下落したが、米雇用統計の悪化を受けて、8日に1.17ドル台前半を回復。さらにFOMCを控えて米利下げ観測が高まり、17日には1.18ドル台半ばまで上伸した。FOMC後はパウエル議長会見でハト派色が乏しかったことを受けてドルが買い戻され、19日には1.17ドル台半ばまで下落。以降は月末にかけて動意が乏しくなり、月末も1.17ドル台半ばで終了した。

経済研究部   主席エコノミスト

上野 剛志(うえの つよし)

研究領域:金融・為替

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴

・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
・ 2007年 日本経済研究センター派遣
・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)