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トランプ関税の日本経済への波及経路-実質GDPよりも実質GDIの悪化に注意

2025年07月11日

(斎藤 太郎) 日本経済

実質GDPより実質GDIが大きく低下する可能性

筆者は、2025年4-6月期の実質GDPはトランプ関税を受けた輸出の減少を主因としてマイナス成長になるとみていたが、現時点では米国向けの輸出数量は横ばい圏で踏みとどまっている。輸出企業が関税引き上げに価格引き下げで対応している限り、GDP統計の実質輸出、実質GDPは変化しないため、トランプ関税による実質GDPの落ち込みは想定よりも小さくなる可能性がある。

しかし、輸出価格を引き下げれば、交易条件が悪化し、海外への所得流出が進む。GDP統計では、交易条件(輸出入の相対価格)の変化に伴う実質所得(購買力)の変化を把握する指標として、「交易利得」が公表されており、「実質国内総所得(GDI)=実質GDP+交易利得」という関係がある。輸出価格の引き下げ(=輸出デフレーターの低下)は交易利得の悪化をもたらすため、実質GDPに変動がなくても実質GDIが低下するという展開も考えられる。

トランプ関税は基本的に輸出を起点として日本経済に影響を及ぼすが、輸出数量の減少によるものか、輸出価格の減少によるものかによって波及経路や経済変数への表れ方に違いが出てくることを念頭に置いておく必要がある。

輸出数量が減少した場合は、企業収益への悪影響は輸出企業だけでなく幅広い産業に及ぶ。GDP統計上は、まず実質輸出が減少し、その分だけ実質GDPも減少する。また、企業収益の悪化は一定のタイムラグをおいて国内需要に波及し、民間消費、住宅投資、設備投資が減少することによって、実質GDPがさらに減少する。

一方、輸出価格が低下した場合は、企業収益への悪影響は輸出企業に偏ったものとなる。GDP統計上は、実質輸出が変化しないため、実質GDPも変化しない。しかし、交易利得の悪化によって実質GDIや企業収益が減少するため、実質GDPが減少した場合と同様に、国内需要が悪化し、民間消費、住宅投資、設備投資が減少することによって、実質GDPが減少する。

米国向け輸出減少による日本経済への影響試算

米国向け輸出減少による日本経済への影響試算

米国の関税引き上げが日本経済に及ぼす影響は、日本の米国向け輸出の所得弾性値、価格弾性値に依存する。たとえば、現時点で公表されている米国の貿易統計では、日本からの輸入に対する関税率(関税収入/輸入金額)は2025年4、5月の平均で前年から10%程度上昇している。価格弾性値を1とすれば、米国向け輸出は10%程度減少することになる。

ここで、米国の関税引き上げによる日本経済への影響を、GDP統計を用いて試算すると、米国向けの輸出数量が10%減少した場合、実質ベース2の財貨・サービスの輸出は▲1.50%3、実質GDPは▲0.31%減少する。輸出の減少は実質GDPの低下に加えて、企業収益の悪化を通じて国内需要を減少させる。企業収益の悪化による国内需要への影響を、当研究所のマクロモデルを用いて試算すると4、設備投資(▲0.87%)を中心に国内需要が減少することにより、実質GDPはさらに▲0.16%減少する。第一段階の輸出の減少と第二段階の国内需要の減少を合わせた実質GDPの減少幅は▲0.46%(▲2.6兆円)となる(図表7)。
一方、米国向けの輸出価格が10%低下した場合、実質の財貨・サービスの輸出は変化しないため、実質GDPも変化しない。しかし、輸出価格の低下によって交易利得が悪化するため、実質GDPに交易利得を加えた実質GDIは▲0.31%(▲1.7兆円)減少する。第一段階では実質GDPは変化しないが、海外への所得流出による企業収益の悪化に伴い、国内需要が下押しされる。第二段階では国内需要の減少によって実質GDPも減少する。

輸出の減少とそれに伴う国内需要の減少を合わせた実質GDPへの影響は、輸出数量が減少した場合は▲0.46%(▲2.6兆円)、輸出価格が低下した場合は▲0.16%(▲0.9兆円)となり、輸出数量が減少した場合のほうが大きくなる。一方、交易条件の悪化に伴う海外への所得流出も含めた実質GDIの減少幅は、輸出数量が減少した場合、輸出価格が低下した場合ともに▲0.47%(▲2.6兆円)となる。
 
トランプ関税の日本経済への影響が本格化するのはこれからと考えられるが、現時点では自動車を中心に価格の引き下げによって輸出の落ち込みを抑制する動きが目立っている。この場合、実質GDPへの直接的な影響は小さく見えるが、その裏で海外への所得流出が進むことにより、実質GDIで見た実質的な所得の落ち込みが大きくなる可能性がある。

トランプ大統領は、日本に対して課している相互関税の税率を8月1日から現行の10%から25%へ引き上げる方針を表明した。新税率が発動された場合、価格引き下げによる対応が難しくなり、輸出数量の減少を通じたより広範な経済悪化が懸念される。輸出数量と輸出価格のどちらが減少するかによって、日本経済への波及経路や影響の大きさが異なるため、今後の経済指標の動向を慎重に見極める必要がある。
 
2 実質と数量の変動が等しくなると仮定
3 財務省「貿易統計(2024年度)」を用いて、財貨の輸出に占める米国向けの割合を19.9%として計算
4 法人企業所得がGDP比で1%低下した場合の乗数を用いた

経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎(さいとう たろう)

研究領域:経済

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴

・ 1992年:日本生命保険相互会社
・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
・ 2019年8月より現職

・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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