京東が美団の牙城であるフードデリバー市場にあえて参入した背景には、複数の戦略的な意図がある。中国のEC業界はすでに成熟期に入り、市場は飽和し、競争が激化している。これまで各社は大規模な割引セールを展開し、総取引額(GMV)を競う戦略をとってきた。しかし、競争の激化により成長は鈍化しており、各社はユーザーの定着化をはかり、高頻度かつ平均消費額を高める戦略へと移行しつつある。
それを担うサービスとして注目されているのが、「クイックコマース」(短時間で商品を配送するサービス)である。京東の「小時購」、「秒送」、美団の「閃購」などがそれに該当し、ユーザーは発注してから数十分で生鮮食品や医薬品、日常の生活用品を受け取ることができる。京東の「秒送」は最速9分で商品を届けることをうたい文句としている。各社は発注の高頻度化、配送効率、サービスレベルの改善をはかることで市場における優位性を確保しようとしている。
京東はこれまで3C製品
12の販売を得意としてきたが、衣料品や化粧品といった消費財に加え、スーパーマーケットを通じた生鮮食品の取扱いも開始することで、業務を拡大してきた。京東の2025年第1四半期には、売上高が前年同期比15.8%増の3,010億8,200万元と好調であったが、これは大規模な値引きや、消費喚起を目的とした政府による家電買い替え支援策の需要によるところが大きい。
一方、フードデリバリーが牽引する外食産業は近年急成長を遂げている。美団のフードデリバリーは元より高頻度利用のサービスであり、「美団閃購」では飲食配達の高頻度な利用を通じて、生鮮食品、医薬品などのついで買いなど他のカテゴリーの注文が急増している。京東のフードデリバリー市場への参入は急成長する美団閃購を牽制する意味合いもあるとみられる。
複数のカテゴリーの商品の購入・同時配送は、単に発注件数を増やすだけでなく、ドライバー1回あたりの配送商品数の増加や、注文のピーク時間の分散化により、配送効率の向上にも寄与する。また、配送効率が高まれば1商品あたりの配送コストが低下し、高頻度のサービスの利用が低頻度利用の商品の販売を促進するという好循環も期待できる。京東は、フードデリバリーという高頻度なサービスの利用を通じて顧客とのタッチポイントを強化し、既存の家電商品やそれ以外のカテゴリー商品への波及効果を狙っている。
また、京東は豊富な資金力と世界のEC企業の中でも最大規模の物流インフラを持つ強みがある。中国全土に張り巡らされた物流網と、蓄積された物流ノウハウにより、直営・迅速・高品質な物流サービスを提供している。倉庫建設や設備更新、新技術の開発に加えて、配達人員の多くを自社で雇用している点も特徴である。さらに、自社雇用および委託配達員によって、当日・翌日配送など迅速な対応が可能となり、注文から受け取りまで一貫した高品質なサービスの提供を実現している。このように、京東の物流網、配送システムを有効活用することで、デリバリー業務のコスト削減に貢献することができる。
京東がデリバリーサービス市場参入にあたり、正規雇用および社会保険の適用を当初から提唱した背景には、2007年から続くロジスティクス部門での配達員の正規雇用・社会保険適用がある。このような人材登用・管理のノウハウがフードデリバリーのドライバーにおいても活用できると考えているからであろう。創業者である劉強東氏は、2025年4月にSNSの微信上で、2024年は1,200名以上の配達員が定年退職しているが、毎月の年金受給、公的医療保険によって病気の治療などが保障されている点に触れている。京東は今後5年間で毎年およそ1万人が定年退職を迎える見込みとしており、社会保険加入を企業の社会的責任と捉えていると明言している。
12 3CはComputer(コンピュータ)、Communication(通信機器)、Consumer Electronics(家電)。パソコン、スマートフォン、携帯電話、テレビなどがある。
4――政府の思惑と今後の課題