NEW

女性の低体重・低栄養症候群(FUS)とは?-日本肥満学会が新たな疾患概念を提唱、プレコンセプションケアが解決の一助となるか-

2025年06月17日

(乾 愛) 医療

1――はじめに

日本肥満学会は、2025年4月17日に記者会見し、18歳から閉経前の女性における低体重・低栄養症候群(Female Underweight/Undernutrition Syndrome:FUS)という新たな疾患概念を提唱した1

日本では、BMIが18.5未満のいわゆる痩せ状態にある若年女性が先進国の中でも特に高率であり、その背景には、SNSやファッション誌などに影響を受けた痩せ願望や、体重に対する厳格な認知やボディーイメージの歪みがあることが認識されている。

また、近年では、2型糖尿病の治療薬として開発されたGLP-1受容体作動薬(通称、GLP-1)2に食欲抑制効果や体重減少効果が認められることから、本来の適用である肥満症かつ高血圧や脂質異常症又は2型糖尿病に該当しない者が美容・痩身・ダイエット目的で使用する適用外使用の例が散見されている。GLP-1は処方箋医薬品であるものの、インターネット上で個人輸入という形で海外通販サイトから入手する例もあり、不必要な低体重状態に陥る症例が認められ問題になっている。現在の日本の公衆衛生施策では、健康日本21による生活習慣病対策や特定健康診査・特定保健指導など肥満症対策に重点が置かれているため、低体重や低栄養などのいわゆる痩せ状態の者に対する系統的アプローチが不十分な状況にあることが分かっている。

この様な現状を踏まえ、日本肥満学会は、6つの学会と共同してワーキンググループを立ち上げ、体調不良を伴う低体重・低栄養状態の者(以降、FUS)に対する診断基準や予防指針の整備を進める方針を示した。本稿では、この新たな疾患概念であるFUSについての概要を簡単にご紹介する。
 
1 日経メディカルオンライン 「成人女性の低体重・低栄養症候群(FUS)が新たな疾患概念に」
(2025年4月18日)https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/hotnews/int/202504/588341.html
2 GLP-1受容体作動薬(通称、GLP-1)は、日本では2023年に肥満症治療薬として承認、2024年からは保険適用されており、医師の診察のもと用法容量が決定される処方箋医薬品である。

2――女性の低体重・低栄養症候群(FUS)とは?

2――女性の低体重・低栄養症候群(FUS)とは?

1FUSの概念と留意点
日本肥満学会によると、FUSは、「低体重または低栄養の状態を背景として、それを原因とした疾患・症状・兆候を合併している状態」と定義されている。関連する健康障害としては(図表1)、「低栄養・体組成の異常」、「性ホルモンの異常」、「骨代謝の異常」、「その他の代謝異常」、「循環・血液の異常」、「精神・神経・全身症状」などが挙げられている。例えば、月経周期異常や筋力の低下、低血圧や冷え性など、普段の生活で感じる体調不良などの症状には、この低体重・低栄養状態が根本的な原因疾患として隠れている可能性がある、ということである。
この概念設定の目的は、「明らかな疾患では説明できない、主に低体重・低栄養が背景となった多彩な健康障害に着目し、早期発見・予防・介入の枠組みを構築することである。」とされている。また、この疾患概念を構築する際には、摂食障害や甲状腺疾患や悪性疾患などによる二次性の低体重は除外されるべきであり、原疾患の治療を優先するべきこととされている。さらに、現時点において、この疾患は18歳以上から閉経前の女性を対象にされた概念であり、ホルモン環境や加齢要因の影響が大きくなる閉経後の女性や男性については含まれない点にも留意が必要である。他にも、今回の疾患概念の構築に伴い、体質性痩せの方や貧困による低栄養状態にある方などには、個人の責任ではなく社会的要因も含めた解決策の提示が必要であり、理解を醸成する必要があることも併せて示されている。
2FUSの3つの原因
日本肥満学会によると、FUSの原因には、(1)体質性痩せ、(2)SNS,ファッション誌などのメディアの影響による痩せ志向、(3)社会的経済的要因・貧困などによる低栄養、と大きく分けて3つの視点があると考えられている。

体質性痩せとは、痩せ願望や摂食障害、過剰な運動がなく、低体重状態が長時間持続する体質的特性を指すと言われている。令和5年の国民健康・栄養調査によると3、BMI<18.5㎏/m2の痩せの女性の割合は12.0%であり、年齢区分別だと20~30歳代女性の痩せ割合が20.2%と高い傾向にある。これらすべての方が体質的な痩せであるかは不明ではあるが、日本人女性の痩せのうち、約40%が体質性痩せであるとの報告もあり4、その後の健康影響を考慮すると見逃せない状態にあると言える。

また、2018年の小学6年生から大学生の女子を対象とした調査では5、いずれの発達段階でも理想体型と実体型にはギャップが生じていることが確認されており、厚生労働省の調査では6、SNSの利用時間が長い程BMIが低く、理想体型も細いことが判明しており、女子大生を対象した調査では7、美容やダイエットなどの「美しさ」に関するカテゴリーへのアクセスが増えるほど痩身願望も強まる傾向が確認されている。

さらに近年では、相対的貧困や健康格差が注目を集め、経済的な困窮を理由に十分な食事量や回数を確保できず、結果的に低栄養状態や低体重に陥るケースが報告されている8。FUSの対象とされる18歳以上の成人女性に留まらず、成長段階にある子どもからの栄養状態が後の成人期にも影響することは既知の事実であり、小児期の痩せや肥満、栄養摂取状況や体重の増加推移などの継続的な観察は大変重要な視点となろう。
 
3 厚生労働省「令和5年国民健康・栄養調査の結果の概要」https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001338334.pdf
4 Murofushi Y, Yamaguchi S, Kadoya H, Otsuka H, Ogura K, Kaga H, Yoshizawa Y, Tamura Y:
Multidimensional background examination of young underweight Japanese women: focusing on their dieting experiences. Front Public Health 2023;11:1130252
5 向井隆代ら(2018)「女子におけるダイエット行動とメディアの影響-小・中・高・大学生を対象とした横断調査より」青年心理学研究
6 厚生労働省科学研究「若い女性の痩せ願望、体型不満の要因に関する研究」
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202209052A-buntan4_0.pdf 
7 菅杉彩芽ら(2023)「女性大学生の送信願望に関する社会的・心理的特性の検討」名古屋学生大学健康・栄養研究所年報 第15号 https://www.nuas.ac.jp/IHN/report/pdf/15/04.pdf
8 厚生労働省科学研究「日本人の食生活の内容を規定する社会経済的要因に関する実証的研究」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000064273.pdf 

3――切り札はプレコンセプションケア

3――切り札はプレコンセプションケア

日本肥満学会によると、FUSに対する今後の方向性として、ガイドラインの策定、健診制度への組み込み、教育・産業界との連携、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)9との連携による総合アプロ―チを掲げている。今回公表された報告書内では言及されていないが、筆者はこれらの実効性を高めるにあたり、プレコンセプションケア推進の動向が鍵を握るのではないかと考えている。

日本では、2021年の成育医療等基本方針が閣議決定され「男女ともに、性や妊娠に関する正しい知識を身に着け、健康管理を促すようプレコンセプションケアの推進を含め、切れ目のない支援体制を構築」する旨が明記された。2024年には経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)にて、「相談支援等を受けられるケア体制の構築等プレコンセプションケアについて5か年戦略を策定した上で着実に推進する」旨が盛り込まれ、2025年には子ども家庭庁より「プレコンセプションケア推進5か年計画」が公表された。この計画では、国・地方公共団体・企業・教育機関・医療機関等が一体となり、性や健康、妊娠に関する正しい知識の積極的な普及と情報提供に取り組む方針が示されている。2025年現在では、助産師会から講師を派遣して教育機関で妊娠に関する正しい知識教育が実施され、企業では外部講師を招いて女性ホルモンの変動や婦人科疾患に関する勉強会等が実施されている。

FUSの様な低体重・低栄養状態では、女性ホルモンの減少や卵巣機能の低下を招き、無月経状態が不妊症リスクを高める要因となる可能性がある。将来の健康的な妊娠を見据えた事前の健康管理であるプレコンセプションケアに関する取組みは、FUS状態に気付く機会となり、早期の受診につながる可能性が期待できる。また、FUSの対象年齢である18歳~閉経前(閉経年齢の平均50歳)の女性が所属する大学や企業の定期健診のデータと紐づけられるとFUSを発見しやすくなるため、産業保健分野との連携も重要な視点となる。プレコンセプションケアの展開は、今回新たに提唱されたFUSの早期発見・改善などの有益な対策のひとつになり得よう。
 
9 SIPとは、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)がSociety5.0の実現に向けてバックキャストにより社会的課題の解決や日本経済・産業競争力にとって重要な課題を設定するとともに、そのプログラムディレクター・予算配分をトップダウンで決定する仕組みのことであり、2025年現在は第3期が進行中である。

生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛(いぬい めぐみ)

研究領域:

研究・専門分野
母子保健・不妊治療・月経随伴症状・プレコンセプションケア等

経歴

【職歴】
2012年 東大阪市入庁(保健師)
2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了(看護学修士)
2019年 ニッセイ基礎研究所 入社

・大阪市立大学(現:大阪公立大学)研究員(2019年~)
・東京医科歯科大学(現:東京科学大学)非常勤講師(2023年~)
・文京区子ども子育て会議委員(2024年~)

【資格】
看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

【加入団体等】
日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)