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英国金融政策(5月MPC公表)-トランプ関税が利下げを後押し

2025年05月09日

(高山 武士) 欧州経済

1.結果の概要:政策金利の引き下げを決定

英中央銀行のイングランド銀行(BOE:Bank of England)は金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)を開催し、5月8日に金融政策の方針を公表した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
政策金利(バンクレート)を4.25%に引き下げる(5対2対2で、2名は4.00%への引き下げ主張、2名は4.50%の据え置きを主張)

【議事要旨等(趣旨)】
成長率見通しは、25年1%、26年1.25%、27年1.5%(25年を上方修正、26年を下方修正)
インフレ見通しは、25年3.25%、26年2%、27年1.75%(10-12月期の前年比、下方修正)
世界の成長期待はこの不確実性や公表された関税の結果として弱まったが、英国の成長率とインフレ率への負の影響は比較的小さいと見られる
貿易政策の進展は英国の経済活動を抑制し、下方リスクを生み出す一方で、インフレに対する影響はより不透明

2.金融政策の評価:タカ派(据え置き)とハト派(0.5%ポイント利下げ)の双方の意見も

イングランド銀行は今回のMPCで市場予想の通り1、政策金利を4.25%に引き下げた(決定は5対2対2で、2名が0.50%ポイントの利下げ、2名が据え置きを主張)。なお、0.25%の利下げを主張した5名のうち、ほとんどのメンバーが、関税などの世界経済に発生した直近の事象を除くと、政策金利の据え置きとさらなる引き下げは微妙なバランスにあった(貿易関連のニュースが利下げ判断を後押しした)と判断していたことが議事要旨から明らかになっている。

また、今回は金融政策の決定と合わせて金融政策報告書が公表された。成長率見通しは25年を上方修正、26年が下方修正、インフレ見通しは全体的に下方修正された。ただし、市場金利をもとに想定している政策金利経路が2月の見通しよりも下方修正されて、金融政策の制限度合いが緩和されていることも踏まえると2、成長率・インフレ率ともに下振れしていると解釈できる(なお、ベースライン見通しは4月29日時点の貿易政策が前提とされており、米中間の関税は100%超で中国以外の相互関税は上乗せ関税の一時停止が継続するとされた)。ただし、委員会はこうした関税政策の英国への負の影響は相対的に限定されているとした上で、成長率には下方リスク、インフレ率は上下双方向のリスクがあると判断されている。

金融政策について、は引き続き「金融政策の制限度合いのさらなる緩和は段階的かつ慎重なアプローチ」を採用するという姿勢を維持しつつ、「経済環境における不確実性の高まりに敏感になり、リスク評価の更新を続ける」としている。不確実性は高いものの、引き続き四半期に1回という段階的かつ慎重なペースでの利下げを基本シナリオとしつつ、関税政策などの実体経済への影響を都度見極めつつ利下げペースの修正を検討していくことになると見られる。
 
1 例えば、ブルームバーグの予想中央値は据え置きだった
2 政策金利の想定を今回は25年4-6月期4.3%、26年4-6月期3.5%、27年4-6月期3.6%としているのに対して、2月見通しでは25年4-6月期4.4%、26年4-6月期4.1%、27年4-6月期4.1%だった。

3.金融政策の方針

今回のMPCで発表された金融政策の概要は以下の通り。
 
  • MPCは、金融政策を2%のインフレ目標として設定し、持続的な経済成長と雇用を支援する
    • MPCは中期的かつフォワードルッキングなアプローチを採用し、持続的なインフレ目標達成に必要な金融政策姿勢を決定する
 
  • 5月7日に終了した会合で、委員会は多数決により政策金利(バンクレート)を4.25%に引き下げることを決定した(5対2対2で決定1)、2名は政策金利を0.5%ポイント引き下げ、4%に引き下げることを希望し、2名は政策金利を据え置くことを希望した
 
  • 以前の外的なショックが解消され、金融政策の制限的な姿勢が2次的効果を抑制し、長期の期待インフレを安定させてきたため、ここ2年はディスインフレ過程が大きく進展した
    • この進展により、MPCは持続的なインフレ圧力を取り除くために、引き続き政策金利を制限的な領域に維持する一方で、制限的な政策の度合いを段階的に緩和することを可能にさせた
 
  • 基調的な英国のGDP成長率は24年半ばから鈍化し、労働市場は引き続き緩和していると判断される
 
  • 国内物価と賃金のディスインフレは総じて進展が続いている
    • 前年比のCPIインフレ率は2月の2.8%から3月には2.6%に低下し、2月の金融政策報告書の見通しと近かった
    • 賃金上昇率の指標は引き続き高止まりしているが、依然として今年の残りにかけて劇的に鈍化することが期待される
    • 卸売エネルギー価格は2月の報告以降、低下している
    • それまでのエネルギー価格の上昇はCPIインフレ率を4月以降に押し上げ、25年10-12月期に3.5%まで上昇すると見られる
    • インフレ率はその後、低下するだろう
    • 家計のインフレ期待の指標は最近上昇している
 
  • 世界貿易政策を取り巻く不確実性は米国関税実施とその一部も貿易相手国の対抗措置後に強まった
    • その結果、金融市場の変動は大きくなり、市場が示唆する政策金利は低下した
    • 世界の成長期待はこの不確実性や公表された関税の結果として弱まったが、英国の成長率とインフレ率への負の影響は比較的小さいと見られる
 
  • 委員会は引き続きCPIインフレ率が中期的な目標に持続的に戻ることに焦点をあてている
    • これを達成するための適切な金融政策調整の度合いとペースの決定において、委員会は国内のインフレ圧力がどのように進展するかの幅広い可能性と、政策変更を必要とする後半な状況を考慮する
 
  • 5月の報告書では、2つの例示シナリオを公表している
    • ひとつのシナリオは供給が弱くなり、短期的なCPIインフレ率の上昇に関連した2次的影響を含めて国内の賃金・物価がより持続的となる
    • もうひとつのシナリオは、世界および国内の不確実性を反映して、供給と比較した需要の弱さが大きくなり、もしくは長期に続くためにインフレ圧力がより迅速に緩和する
 
  • 金融政策経路は前もって決定されていない
    • 委員会は引き続き、経済環境における不確実性の高まりに敏感になり、リスク評価の更新を続ける
 
  • 今回の会合で、委員会は、インフレのリスクは双方向に残るもののディスインフレーションの進展を踏まえて、政策金利を4.25%に引き下げることを決定した
 
  • 委員会の中期的なインフレ見通しの見解に基づき、金融政策の制限度合いのさらなる緩和は段階的かつ慎重なアプローチが引き続き適切となる
    • 委員会は引き続きインフレの持続性のリスク、および経済の需要と供給の総合的なバランスに関して証拠が示唆することについてよく注視する
    • 金融政策は、中期的に、インフレ率の持続的な2%目標への回帰に対するリスクがさらに解消するまで、引き続き十分な期間(sufficiently long)、制限的にする必要がある
    • 委員会は各会合で金融政策の制限度合いを適切に決定する
 
1 ディングラ委員とテイラー委員が0.50%の利下げを、マン委員とピル委員が据え置きを主張した。前回は政策金利の据え置きが決定されるなかで、ディングラ委員が0.25%の引き下げを主張した。

4.議事要旨の概要

記者会見の冒頭説明原稿や金融政策報告書および議事要旨の概要(上記金融政策の方針で触れられていない部分)において注目した内容(趣旨)は以下の通り。
 
  • GDP成長率見通しは、25年1%、26年1.25%、27年1.5%
    (2月時点では、25年0.75%、26年1.5%、27年1.5%)
    • CPI上昇率は、25年3.25%、26年2%、27年1.75%(10-12月期の前年比)
      (2月時点では、25年3.5%、26年2.5%、27年2%)
    • 失業率は、25年4.75%、26年5%、27年5%(10-12月期)
      (2月時点では、25年4.5%、26年4.75%、27年4.75%)
 
(冒頭説明)
  • 4つの鍵となるメッセージがある
    • 1つめは、国内の物価と賃金のディスインフレが続いていること
    • 2つめは、英国経済の弛み(slack)が生じており、数年かけて拡大するとみられること
    • 3つめは、英国経済の弛みが生じたことが、国内に残る賃金と物価の粘着性に対して、2%目標への持続的な回帰するように作用するとみられること
    • 4つめは、世界経済に関して、新しい関税と貿易政策の不確実性の高まりが世界の経済活動の重しになっていること、特に中国における貿易価格が大きく弱まると見られること
 
(議事要旨)
  • 貿易政策の進展は英国の経済活動を抑制し、下方リスクを生み出すとみられる
    • 現段階では、英国のインフレに対する影響はよりあいまいである
    • ベースライン見通しはこれらの進展が見通し期間におけるインフレ率を若干下押しするとしている
    • しかしながら、この判断には両面に大きなリスクがあり、世界需要の減速、米国以外の市場への輸出代替の度合い、世界的な輸出価格の国内消費者物価への転嫁が過去の経験とどれだけ類似するか、供給網の混乱の程度、さらなる関税政策の公表、世界経済と金融システムの広範な分断化(fragmentation)のリスク、が含まれる
    • 委員会は関連指標を注意深く監視し、引き続き、これらの進展の影響を様々な分析アプローチを用いて評価する
 
  • 前回のMPC会合以降、市場参加者調査(MaPS)の中央値は今年、さらに0.75%ポイントの利下げを予想しているが、全般的な分布はさらなる利下げ方向に傾いている
    • これは、市場が示唆する経路が今年の残りに1.00%ポイント弱の引き下げとなっていることと整合的である
 
  • 2月の月次GDP成長率は0.5%となり、予想よりも強く、中銀スタッフは25年1-3月期の成長率予想を0.6%としている
    • しかしながら、これは大きな突発的要因、例えば製造業部門での生産といった影響を更けている
    • 中銀スタッフは1-3月期の基調的な成長率を0%前後と見積もっている
    • GDP成長率は4-6月期には0.1%まで減速すると見られ、高頻度データによる示唆をもとにすればリスクは下方に傾いている
    • S&Pの英国総合PMIは4月に大幅に下落したが、企業景況感の悪化のうち潜在的に回復しそうな程度は不透明である
 
(当面の政策決定)
  • 5月の報告書に記載されたベースライン見通しにおいて、インフレ率は中期的に2%目標前後に戻ると見られている
    • 委員会はベースラインのGDP成長率を取り巻くリスクはいくぶん下方に傾いていると判断しており、CPI見通しは双方のリスクがあると判断している
 
  • 今回の会合で5人のメンバーが政策金利の4.25%への引き下げを支持した
    • 世界経済の直近の出来事が起きる前には、このグループのほとんどのメンバーが政策金利の据え置きとさらなる引き下げは微妙なバランスにあったと判断していた
    • 世界貿易のニュースの現状での影響は過大評価されるべきではないが、このニュースはこれらのメンバーが政策金利の引き下げが必要であると判断するには十分であった
    • 政策金利の水準は、依然としてインフレ圧力が再燃した際に、インフレ圧力に耐えるのに十分制限的な政策姿勢を維持するものである
    • このグループの他の1名のメンバーにとっては、世界的なニュースがなくても今回の会合での政策金利の引き下げはかなり明確だった
    • 基調的な国内のディスインフレが予想通り進展しており、制限的な金融政策が経済活動を抑制していた
 
  • 2名のメンバーは、見通しにもとづき、今回の会合で政策金利を0.50%引き下げ、4%とすることを希望した
    • インフレ率の予想される上昇の最も大きな寄与は、税金や統制価格、過去のエネルギー氏ショックといった一過性の要因から生じる
    • 賃金交渉は現在のところ、25年末における中銀エージェントの年間賃金調査と近く、持続的な上昇率に近づいており、消費支出は引き続き弱く、投資は低迷している
    • 国内需要の変化と弛み(slack)の出現、最近の世界的なエネルギーや貿易に関する事象は世界成長率と世界輸出価格の潜在的な下方リスクとなっている
    • 中期的に見て、制限的すぎる金融政策姿勢が続くと、持続的な2%目標から乖離し、不当に大きな生産ギャップが出現するリスクがある
    • リスクバランスを考慮すれば、より制限度合いの低い政策金利経路が正当化される
 
  • 2名のメンバーは、市場の短期金利が、すでに前回のMPC会合以降に約0.4%ポイント程度低下していることから、政策金利を4.5%に維持することを希望した
    • これらのメンバーにとって、労働市場が予想以上に強靭であり、企業調査はインフレ圧力の継続を示唆しており、家計のインフレ期待も底堅かった
    • これらすべての指標が、経済の供給側の構造的な硬直性もあって、インフレの粘着性が続くことを示唆していた
    • 今回の会合での政策金利の維持は金融政策を頑固なインフレ圧力を抑制するために十分に制限的にするものである

経済研究部   主任研究員

高山 武士(たかやま たけし)

研究領域:経済

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴

【職歴】
 2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
 2009年 日本経済研究センターへ派遣
 2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
 2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
 2014年 同、米国経済担当
 2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
 2020年 ニッセイ基礎研究所
 2023年より現職

 ・SBIR(Small Business Innovation Research)制度に係る内閣府スタートアップ
  アドバイザー(2024年4月~)

【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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