(1) 双葉町民のこころの健康状態は他の被災地での調査と比較してもより深刻な状態にある可能性がある。震災から11年以上が経ち、長期的には少しずつ改善傾向が見られてきたが、2020年から2022年の間ではそうした傾向が止まっている。こうした動きから見てみると、回復にはより長い時間がかかる可能性がある。
(2) 中でも、仮設住宅に長期にお住まいの方のこころの健康状態が深刻な状態に置かれていた可能性があったが、仮設住宅にお住まいの方が少なくなった現在も、みなし仮設住宅の住民の方や、復興公営住宅の住民の方のこころの健康状態は深刻な可能性があり、継続的なサポートが重要と考えられる。
(3) 震災による健康状態や所得の変化について、悪化・減少幅が大きいほど幸福感も悪化している傾向があり、震災前の幸福感の状態に回復するには十分な補償が必要であると考えられる
5。
(4) 震災で双葉町民の社会関係資本が減少させられ、震災後の回復傾向は非常に緩やかであることから、社会関係資本の回復には、今後も長い時間がかかる可能性がある。
(5)震災前からのつながりを保つこと、震災後、趣味の会やボランティア活動などに参加することによってこころの健康状態を良好に保つ助けになる可能性がある
6。
(6) 避難先の地域の住民との関係構築の進展は、ほとんど進んでいない、もしくは、非常に緩やかで、現在も重要な課題であると考えられる。
(7) 被災による現在バイアス(先送り傾向)の増大が、こころの健康の悪化につながる可能性があるが、住民同士の交流や規則的な健康行動を促す政策がそうした健康悪化を防ぐ可能性がある
7。
これらの結果は国内外の学会で発表し、また国際的な学術誌で発表をしてきている。また、これまでの研究結果をまとめ、2021年3月に、『福島原発事故とこころの健康――実証経済学で探る減災・復興の鍵』という書名の書籍を、日本評論社より出版した。今後も分析を進め具体的な提案につなげていく所存である。
本調査結果は、調査にご協力頂いた約23%の双葉町の世帯の方のご回答のみを集計・分析した結果であり、この結果が双葉町民の方全員の傾向を表すものではない。震災という大変な状況が起こったあとにご協力いただいた調査であるため、回答者の内訳は一般的なアンケート調査とは大きく異なっている可能性も考えられる。その為、健康状態の自己評価についての集計や、こころの健康状態についての集計においても、必ずしも双葉町全体の傾向が偏りなく示せていない可能性が考えられる。結果の解釈には十分な注意が必要であり、この調査結果のみによる断定的な判断は避ける必要があることに留意が必要である。
5 Iwasaki, K., Lee, M.J., Sawada, Y., 2019. Verifying Reference-Dependent Utility and Loss Aversion with Fukushima Nuclear-Disaster Natural Experiment, Journal of the Japanese and International Economies 52, 78-89.
6 Iwasaki, K., Sawada, Y., Aldrich, D., 2017. Social Capital as a Shield against Anxiety among Displaced Residents from Fukushima. Natural Hazards 89.
7 Sawada, Y., Iwasaki., K., Ashida, T., 2018. Disasters Aggravate Present Bias Causing Depression: Evidence from the Great East Japan Earthquake, CREPE DISCUSSION PAPER NO. 47.
被災とこころの健康のつながりについての示唆の概要については、以下のレポートのp6を参照。
岩﨑敬子(2019.2.7)「『東日本大震災による被害・生活環境・復興に関するアンケート』2019 年調査結果概要‐福島県双葉町民を対象とした第 5 回調査」(https://www.nli-research.co.jp/files/topics/63614_ext_18_0.pdf?site=nli, 2023.1.10アクセス)