1―はじめに
FSB(金融安定理事会)は、2022年12月9日に、IAIS(保険監督者国際機構)による、保険セクターにおけるシステミックリスクの評価と軽減のための改善された枠組みを承認し、G-SIIs の年次特定を中止(discontinue)する、と公表しているので、今回のレポートでは、その内容をIAISの公表内容と併せて報告する。
2―これまでの経緯
2―これまでの経緯
2008年の金融危機等を受けて、FSBは、システム上重要な金融機関(SIFIs)の破綻を防ぎ、またそれらが破綻した場合のその悪影響を制限することで、グローバルな金融システムを保護する動きを見せ、2011年にG-SIFIs(グローバルなシステム上重要な金融機関)のリストを公開し、SIFIsに関連するシステミックハザード及びモラルハザードリスクに対処するための統合された一連の政策措置を発表した。
IAIS(保険監督者国際機構)においては、その苦境や無秩序な破綻が、グローバルな金融システム及び経済活動に著しい混乱をもたらす可能性があるとして特定された保険会社(グループ)であるG-SIIs(グローバルなシステム上重要な保険会社)の選定基準及び適用規制等のシステミックリスクへの対応が検討されてきた。
2013 年に、FSBは、IAIS及び各国当局と協議して、IAISによって開発された評価方法と、それらに適用されるべき政策措置を使用して、G-SIIsの最初のリストを特定した。その報告書は、G-SIIs のリストが毎年更新され、新しいデータに基づいて毎年11月にFSBによって公開されることを指摘した。2014年11月、2015年、2016年にFSBは、IAISからの勧告に基づいて、G-SIIsの最新リストを公開した。2017年と 2018年に、FSBは、「IAISや各国監督当局と協議して、システミックリスクへの活動ベースのアプローチを開発するために行っているIAISの作業を歓迎する。」と述べて、G-SIIsの特定に関与しないことを決定し、G-SIIsの新しいリストを公開しなかった。一方で、IAISは、保険セクターにおけるシステミックリスクの評価と軽減のための包括的枠組み(Holistic Framework)を開発していた。
FSB は、2019年11月に、IAISによって採択された最終的な包括的枠組みに照らして、「IAIS及び各国当局と協議のうえ、2020 年初頭からG-SIIsの特定を一時停止(suspend)することを決定した。」とし、「2022 年11 月に、最初の数年間の包括的枠組みの実施に基づき、IAIS及び各国当局と協議のうえ、FSBによるG-SIIsの年次特定を中止(discontinue)又は再指定(re-establish)する必要性を検討する。」と述べていた。これは、包括的枠組みが適切に実施されれば、保険セクターにおけるシステミックリスクを評価及び軽減するための強化された基盤が提供されることを認識したことによる。
今回、IAISによる包括的枠組みの3年間の実施後のレビューを踏まえて、FSBは、2022年12月の本会議で、IAISと協議して、保険セクターにおけるシステミックリスクの評価と軽減のための改善された枠組みを承認し、G-SIIs の年次特定を中止(discontinue)することを決定しているので、その概要を報告する。
3―FSBの公表内容
3―FSBの公表内容
FSBは、2022年12月9日に、その「FSB は、保険セクターにおけるシステミックリスクの評価と軽減のための改善された枠組みを承認し、グローバルなシステム上重要な保険会社(G-SIIs)の年次特定を中止する。」とのプレスリリース1において、以下のパブリック・コミュニケーションを発表した。
1.FSBは、保険監督者国際機構(IAIS)と協議して、保険セクターにおけるシステミックリスクの評価と軽減のためのIAISの包括的枠組みの最初の実施年に基づいて、グローバルなシステム上重要な保険会社(G-SIIs)の年次特定を中止するか、再設定するかを検討した。FSBは、G-SIIsの年次特定を中止することを決定した。今後、FSBは、包括的枠組みを通じて利用可能な評価を利用して、保険セクターのシステミックリスクに関する考慮事項を通知する。
2.FSBは、グローバルな保険セクターにおけるシステミックリスクのIAIS評価、個々の保険会社レベルでのシステミックリスクの集中の可能性、及び特定されたリスクに対する監督上の対応を含む、グローバルモニタリングエクササイズ(GMS)の結果の年次更新を引き続きIAISから受け取る。この目的のために、IAISは、個々の保険会社からの年次データ収集を継続し、特定の活動とエクスポージャーに関するセクター全体の傾向の評価をサポートする監督者からのデータ収集によって補完しつつ、包括的枠組みの監督上の政策措置の実施におけるその評価と進捗状況の結果に関する年次報告を一般に公開する。
3.状況に応じて、FSBは、IAIS及び各国当局と協議の上、IAISからFSBに報告された包括的枠組みを通じて入手可能な評価を使用して、個々の保険会社がグローバルの文脈においてシステム上重要であるかどうかについての見解及びそのようなシステム上の重要性に対処するために必要であ ると考える、全体論的枠組みの監督政策手段の状況と適切な適用を公に表明することができる。そのような見解の策定には、FSBがIAISにさらなる分析を依頼することも必要になる場合がある。
4.FSBは 2023 年以降、FSBの年次破綻処理報告書とFSBのウェブサイトで、加盟当局の評価と自己報告に従って、FSBによる金融機関にとって効果的な破綻処理制度の重要な属性(KAs)2と整合的な破綻処理計画と破綻処理可能性評価の対象となる保険会社のリストを毎年公開する。FSBは、保険会社が破綻した場合にシステム上重要又は重要であるかどうかに基づいて、KAsの対象となる保険会社の範囲の適切性及び十分性に関する見解を公に表明することができる。FSBはまた、管轄区域によるKAsの適用範囲を決定するためのアプローチに関するさらなるガイダンスを作成することを目指している。IAISは、FSBの破綻処理可能性モニタリングと FSBの年次公開報告に情報を提供する。
5.IAISは、その評価方法の定期的な3年ごとのレビューの継続を含め、包括的枠組みを強化し続ける3。このタイミングに合わせて、FSBは 2025年11月に、包括的枠組みに基づくシステミックリスクの評価と軽減のプロセスに関する経験もレビューする。このレビューに照らして、FSB は、IAISと協議して、必要とみなされた場合、更新された G-SIIs識別プロセスを元に戻す可能性を含め、そのプロセスを調整することを決定する可能性がある。
4―IAISの公表内容
4―IAISの公表内容
一方で、IAISも、「FSB は IAIS包括的枠組みを承認し、グローバルなシステム上重要な保険会社 (G-SIIs)の特定を中止する。」として、以下の内容を公表4している。
・3 年間の実施後のレビューの後、金融安定理事会(FSB)は、IAIS と協議して、包括的枠組みが、G-SIIsの識別よりも保険セクターのシステミックリスクを評価及び軽減するためのより効果的な基盤を提供すると決定した。
・IAIS は、そのグローバルモニタリングエクササイズ(GME)の結果と、包括的枠組みの監督措置の実施の評価をFSBに引き続き報告する。FSBは、特に、金融機関のための効果的な破綻処理制度のためのFSB の主要な属性の適用を監視する上において、保険セクターに関連する積極的な役割を保持している。
・リスク評価をさらに洗練するために、IAISは、GMEの個々の保険会社の監視評価方法に関する情報を求める公開協議を開始する。
1|IAIS執行委員会委員長の発言
IAIS執行委員会委員長のVicky Saporta氏は次のように述べている。「包括的枠組みの実施は、その主要な要素のそれぞれ、年次グローバルモニタリングエクササイズ(GME)によるリスク評価、強化されたマクロプルーデンス監督政策手段、及び堅牢な実施評価、において強力であり、保険におけるマクロプルーデンス監督の有効性に対する利点が実証された。」とし、「その採用からの 3 年間を考慮して、FSBとIAISのメンバーは、包括的枠組みが、G-SIIsの特定よりも保険セクターのシステミックリスクを評価及び軽減するためのより効果的な基盤を提供することに同意する。」
2|G-SIIs年次特定に対する包括的枠組みの実証された利点
また、G-SIIs年次特定に対する包括的枠組みの実証された利点として、以下が挙げられている。
・GMEによるシステミックリスク評価は、危機の時において、より包括的で将来を見据えた汎用性があることが証明されている。
・包括的枠組みは、システミックリスクの潜在的な蓄積と適切な監督上の対応に関する監督者間のより強固な集団的議論をサポートする。
・マクロプルーデンス目的のための強化された監督措置は、以前に G-SIIs として識別された保険会社よりもはるかに幅広い保険会社に適用される。
・包括的枠組みの監督措置の確実な実施評価は、管轄区域全体で包括的かつ一貫した方法で実施されることを保証するのに役立つ。
3|FSBの継続的な積極的な役割
これについては、基本的には上記の「3-FSBの公表内容」におけるパブリック・コミュニケーションの内容の2から4に報告されているので、ここでは割愛する。
なお、IAISの公表資料では、以下の留意すべき点について触れられている。
・FSBの年次公開報告書には、FSBの破綻処理計画基準の対象であるとして本国当局によって公開されている保険会社が含まれるが、これは、その破綻によって保険会社がもたらすグローバルなシステミックリスクの評価を必ずしも反映するものではないことに注意が必要。
・FSBによるKAs は G-SIIsに適用される特定の基準を設定する一方で、KAs はまた、その基準が、破綻した場合にシステム上重要又は重大となる可能性がある全ての金融機関に適用されると述べている。これは、保険会社の破綻処理に関する IAIS の基準と整合的である。
4|さらなるコンサルテーションとレビュー
上記の「3-FSBの公表内容」におけるパブリック・コミュニケーションの内容の5に報告されているように、「IAISは、その評価方法の 3 年ごとのレビューや、IAISの議論の対象となる保険会社の範囲を決定するための包括的なアプローチの利点を引き続き達成するための措置などを通じて、包括的枠組みを強化し続ける
5。このタイミングに合わせて、FSBは 2025年11月に、包括的枠組みに基づくシステミックリスクの評価と軽減のプロセスに関する経験もレビューする。」としている。
また、この取り組みを支援するため、「IAIS は本日、個々の保険会社のシステミックリスクスコアを計算するために使用される個々の保険会社の監視(individual insurer monitoring:IIM)評価方法に関する情報を求めるパブリックコンサルテーション
6を開始する。」としている。なお、IAISは、グローバルな保険セクターの流動性リスクの IAISによる監視と、マクロプルーデンスの観点からの個々の保険会社の流動性エクスポージャーの評価を促進するツールとして、流動性指標をGMEの補助的な指標として最終決定している
7。
IAISは 2023年1月10日に公開ウェビナーを開催し、IIM評価方法の見直しに関するパブリック コンサルテーションと補助指標としての流動性指標の公開に関する背景情報を提供する、としている。
はじめに
5|システミックリスクに対する包括的枠組み
IAISは、「保険セクターにおけるシステミックリスクの評価と軽減のための包括的枠組みは、システミックリスクが、個々の保険会社の苦難又は無秩序な破綻からだけでなく、セクター全体のレベルでの保険会社の集合的なエクスポージャーや活動からも発生する可能性があることを認識している。」とし、これは、次の 3 つの主要な要素で構成されている、としている。
1.分析の結果と適切な監督上の対応に関する IAISメンバー間の集合的な議論を含む、主要なリスクとトレンド及び世界の保険セクターにおけるシステミックリスクの潜在的な蓄積を検出するように設計された、年次のグローバルモニタリングエクササイズ(GME)によるリスク評価。
2.保険セクターの全体的な回復力を高め、保険セクターの脆弱性とエクスポージャーがシステミックリスクに発展するのを防ぐのに役立つように設計された一連の強化された監督措置(包括的枠組みの監督措置)。
3.管轄区域全体にわたる包括的枠組みの監督措置の包括的かつ一貫した実施の確固たる評価。
5―まとめ
5―まとめ
以上、FSBが、2022年12月9日に、IAISによる、保険セクターにおけるシステミックリスクの評価と軽減のための改善された枠組みを承認し、G-SIIs の年次特定を中止(discontinue)する、と公表しているので、今回のレポートでは、その内容をIAISの公表内容と併せて報告してきた。
IAISにおけるシステミックリスクに対する包括的枠組みを巡る動きについては、関係者の関心の高い事項であることから、今後ともその動向を引き続き注視していくこととしたい。