2|どのような解決策が考えられるか
民主主義における「多数派の専制」を回避するためには、どのような手段による解決が考えられるだろうか。
A)少数派の1票の価値を上げる(=「1票の格差」の積極的肯定)
少数派の1票の相対的な価値を積極的に高めることは解決策の1つとして考えられる。例えば、「1人別枠方式」は、結果として人口の少ない地方部の1票の価値を高めることにつながってきた。同時に、各選挙区から選出された議員は、それぞれの地域からの「地域代表」という性格を有するとの主張も多くなされている。
また、シルバー民主主義の観点からは、若年層の1票の価値を高めるための新たな投票理論案も議論されてきた。具体的には、子どもにも選挙権を付与し、その上で親が子どもの代理として投票する「ドメイン投票法」、人口構成比で世代ごとに議席を配分する「世代別選挙区制」、平均余命に応じて議席数を配分する「余命投票方式」等の案が挙げられている。
このような考え方の採用は、確かに少数派の1票の価値を高め、「多数派の専制」を回避することにつながる。しかし、これらはいずれも「1票の格差」を積極的に肯定するものであるため、現状では「法の下の平等」に反し、違憲となる可能性が高い。実際、「1人別枠方式」は最高裁から制度の見直しを求められてきた。このように考えると「1票の格差」を積極的に広げる、これらの案の実現可能性は高いとは言い難い。
B)多数派が自己の利害ばかりでなく、将来を見据えた投票行動を行うようにする
多数派とされる有権者が、自己の利害ばかりではなく将来を見据えた投票行動を行えば、「多数派の専制」を回避でき、将来の課題の解決に資するという主張も存在する。例えば、八代(2016)はシルバー民主主義克服の観点から、(1)高齢者にとって現行の社会保障制度が維持できなくなるリスクを認識させること、(2)子どもや孫世代の利益を守る、高齢者の利他的な行動に期待すること、が必要であると指摘している。
確かに、高齢者をはじめ、多数派が少数派の利益を勘案した上で投票行動を行うようになれば、より広い視点から将来に向けた課題解決につなげることはできるだろう。しかし、確実に立場を超えた国民的な合意形成を実現するような仕組みは存在せず、現実的には各人の思いやりの心に依るところが大きい。そのため、これだけを解決策としてしまうと、少数派は「多数派の良心」への依存という、非常に不安定な状態を余儀なくされてしまうだろう。
C)選挙で選ばれた政治家が有権者の意向に関わらず、将来を見据えた政策を実行する
A)、B)はいずれも選挙によって選出された政治家が、自らに投票した有権者から期待されているような政治を行うこと、言い換えると、議員が選出地域や支持層等からの委任を受けた代表として、その民意に基づく政策決定を行うことを前提としている。
しかし、そもそも憲法は議員を「全国民の代表」(第43条)と定める。これは英国の政治家エドマンド・バークの、「一度選出された議員は、国民全体の利益を代表する議員となり、選挙区の利害にとらわれず、国益を守ることを優先して行動すべき」という思想を踏まえたものであるとされる。すなわち、議員は特定の選挙区の代表ではなく、全国民、国全体のことを考えて大所高所からの判断を行うべきという趣旨と捉えることができる。
この思想に基づくと、A)、B)のような区分けは政策決定に際してはそれほど大きな意味を有さないとも考えられる。誰がどのように議員を選出しようとも、選ばれた議員は全国民の代表として政策決定に携わるべきであるためだ。各議員は将来を見据え、自らに投票した有権者の意向に関わらず、国家的な利益を追求するような政治活動を行うことが許容される。この点について、待鳥(2015)は代議制民主主義を「アクター間の委任と責任の連鎖関係によって、政策を行う仕組み」とする。その上で、「民意が常に正しいとは限らない。短期的、あるいは個別の課題については有権者の意向とは異なっていても、中長期的あるいは政治社会の全体にとってはプラスになると政治家が判断し、その判断に基づいた政策決定が容認されるが、有権者に対する説明責任も必ず果たさねばならないのが代議制民主主義」
11だと示している。
つまり、政治家は自己の判断に基づく政策決定が容認される一方で説明責任も有しており、同時に、各政治家がとる行動に対し、有権者は次の選挙において審判を下すことができる。もし政治家が、自身に投票した有権者の民意からあまりにかけはなれた行動をとっていた場合、有権者の支持が離れてしまい、次の選挙において当選に必要な票数を得られないリスクが生じる。そのため、現実的には、議員にとって有権者の民意を大きく無視した政策決定を行うことへのハードルは高いと思われる。
このように考えると、A)~C)いずれの案も、方法論としては考えられる一方で、実現に向けてはどれも大きなデメリットを抱えているのが事実であり、実現には大きな困難が予想される。よって、何かすれば一挙に課題解決につながるような特効薬は存在せず、あらゆる方策を少しずつ検討し、取り入れながら現在や将来に向けての課題解決に取り組まざるを得ないだろう。
11 待鳥聡史(2015)「代議制民主主義 『民意』と『政治家』を問い直す」