2――中央銀行を巡る環境変化2
中央銀行は、世界的に1990年代に金融政策の決定の独立性を与えられ、社会の注目を浴びるようになったが、その存在感が増したのは、2008年の世界金融危機以降であろう。
かつての中央銀行は、今日ほど注目を浴びる存在ではなかった。
1990年代に法制度的に独立性を与えられる以前の中央銀行は、多くの中央銀行が政府の影響下にあり金融政策等の問題で議会や社会に直接対峙するのは政府であり、中央銀行ではなかった。この背景には、経済、特に金融については様々な規制、介入があり、それらは主に政府による指令的な行政によってなされてきたということがある。
1990年代に、中央銀行による金融政策が注目され、中央銀行に独立性を与えられた背景には、1980年以降金融政策によってインフレがコントロールされたという実績がある。同時に、1990年代以降、世界的に規制緩和が進み、規制や介入などの指令的な行政ではなく市場の自由な働きを尊重し、市場メカニズムを通じて政策を運営するという金融政策の役割が重要になってきたという事情があろう。
もっとも、そうした状況でも中央銀行の施策は、金融政策や他の業務についても以下のような事情から、それほど注目されるべきものではなかった。
まず金融政策については、中長期的な視点から予防的に行われるべきという性格がある。実際、金融政策の効果がGDPなどの実体経済や物価に効果が表れるには時間を要する。また、予防的な政策には、政策が成功してもその効果が実感されにくいという宿命がある。
一方中央銀行の業務の使命は、銀行券の発行や銀行間の決済を通じて経済全体に資金を円滑に流通させることだが、銀行券が滞りなく流通することは当然とされてきたし、銀行の資金決済も一般の国民に直接利用されるものではなく目に触れにくい。
そもそも中央銀行の政策・業務は経済社会インフラの整備・運営という側面があり平常時に注目を浴びるべきものではなかった
3。中央銀行の存在が注目を浴びるようになったのは、わが国では1990年代からの金融危機と経済停滞の長期化、世界的には2008年の金融危機以降である。
まず金融政策以外では、銀行の経営破綻に伴い中央銀行が銀行救済に乗り出すことが求められ、その後金融安定が中央銀行の重要な使命となり中央銀行の政策の守備範囲が拡大した。
一方、金融政策面では、財政政策への注目度の後退により金融政策がマクロ政策として唯一のものとされるようになった。財政政策は、社会保障関連費の増大などによる財政の硬直化により景気政策としての弾力的な運営は制約され、さらに経済の成熟化から財政乗数が低下するなどマクロ政策としての役割が低下した。一方これとは対照的に、金融政策はインフレコントロールの成功により1990年代以降の安定的な景気拡大をもたらしたものと評価され、マクロ政策として唯一のもの(only game in town)とまでいわれるようになった
4。
その後も金融危機以降の長期に亘る経済停滞(secular stagnation)によって生じた金利のゼロ金利制約(ZLB:zero lower bound)から非伝統的な金融政策(unconventional monetary policy)が採用され、ルールに基づき金利を操作する従来の運営に比べ裁量的になり、外部からの干渉を招きやすくなった。また資産の大量購入と、金融政策を先行きまで約束するフォワードガイダンス(forward guidance)の採用は、株価等の資産価格への波及を早め影響を強めた。このため、為替や株価等を意識した政策への要求も高まり金融政策への注目度をあげた。
非伝統的な政策では、コミニュケーション(communication)によって人々に中央銀行の政策が理解されることが必要であり、中央銀行自身もその拡充に努めてきた。だがその際には政治的に中立的な立場から政策を行うという中央銀行の立場(あり方)が理解されることが重要である。しかし、実際には政治からの干渉を受けやすくなる一方、金融政策がもたらしたとされる資産価格の上昇と実体経済の不振が格差を生み、中央銀行の政策や、中央銀行自身にも批判的な見方も強まっている。
2 Haldene(2021)は過去30年の中央銀行を巡る環境変化を中央銀行員の立場から見ており興味深い。それを読むと、イングランド銀行も日本銀行も同じような環境変化に見舞われ中央銀行員は類似した経験・感想を抱いていたことがわかる。
3 金融政策は「金融調節」を通じて実行されている。「金融調節」とは金融市場に資金を行き渡らせ資金決済に不都合を生じさせないために金融市場の資金の過不足を調整するものだが、経済社会インフラの運営的な側面があり、それ自体世間に注目されるものではない。また「金融調節」は技術的な側面も多い。こうした性質が理解されず、学界では金融政策について金融調節の延長で説明する日銀の説明を「日銀理論」として異端視する主張もある。これも、日銀への理解の妨げになってきた(「日銀理論」については髙橋(2013a)参照)。
4 もっとも最近では、金融政策の効果に行き詰まりがみられる一方、ゼロ金利のもとでは、財政コストが低下したことから、財政赤字の累増にもかかわらず財政政策が重要視されるようになってきている。
3――金融政策の非民主主義的性格