年金資産の期首・期末残高調整表から読み解く年金資産運用

2021年03月03日

(柳瀬 典由)

2020年8月28日、安部晋三首相が退陣表明し、2012年末から約7年8か月にも及んだ長期政権(第2次~4次安倍政権)が幕引きとなった。今回の安倍政権の目玉は大胆な金融政策をはじめとするアベノミクスであろう。政権発足時(2012年12月26日)の日経平均株価(TOPIX)終値は10,230.36円(847.71)であったが、政権終了時(2020年9月16 日)の終値は23,475.53円(1,644.35)という結果であった。アベノミクスは、給付建て企業年金の資産運用にも少なからず影響を及ぼしたはずである。本稿では、2012年に改正された退職給付会計基準の下で新たに開示されるようになった年金資産の期首・期末残高調整表(以下、調整表)の分析から、アベノミクス期間中の企業年金の資産運用の様子を概観する1
 
1 この改正の中心的な内容は、未認識数理計算上の差異等のオンバランス化であったが、同時に、年金資産の期首・期末残高の調整表、年金資産の主な内訳など、開示項目の拡充も図られた。改正基準は、2013年4月1日以後開始する事業年度の年度末から原則適用となったので、3月期決算企業に関しては、2020年3月期決算までの7年間のデータが蓄積されたことになる。
基準改正前は、財務報告(注記情報)から年金資産の運用リターン(実績値)を把握できなかったが、改正後に開示されるようになった調整表を分析することによって、運用リターン(実績値)を計算できるようになった。図表1は、一般的な調整表のイメージ(仮設例)である。調整表では、年金資産が期首・期末にかけてどのように増減したかをその原因ごとに把握することができる。例えば、この数値例からは、母体企業(経営者)が設定した期待運用収益(期待運用収益率×年金資産の期首残高)が127であったものの、思いのほか資産運用が芳しくなく、数理計算上の差異がマイナス235発生したことが確認できる。したがって、この場合の運用リターン(実績値)は、年金資産の期首残高(6,365)をベースとして、マイナス1.7%(=[127-235]÷6,365×100%)と計算できる。さらに、興味深いのは、運用収益率に関する企業(経営者)の事前予想と事後的な実績との差(以下、リターン差異)を、数理計算上の差異の発生額を年金資産の期首残高で除することによって直接把握できるという点である。今回の数値例では、リターン差異は、マイナス3.7%(=[-235]÷6,365×100%)と計算できる。
図表2は、2014年3月期決算から2020年3月期決算の東証一部上場(金融・保険を除く)を対象に上記のデータを用いてリターン差異を計算し、その業種(東証中分類)ごとの平均値を計算したものを年度ごとに示している。そして、この7年間の各業種におけるリターン差異の最大値と最小値の差を計算したものを、右から1列目と2列目に記載している2。この差は、検証期間中、母体企業(経営者)の予想外の運用成果がどの程度の変動幅をもっていたかを示すものであり、年金資産運用に係るリスクテイクの程度として解釈可能かもしれない。
 
2 なお、2019年度(2020年3月期決算)は新型コロナウイルス感染拡大への懸念から株式市場が大きく下落した時期を含んでいるため、右から1列目の結果では2019年度を除いたものを「最大-最小」の項目に示している。
図表2では、この変動幅が大きいものから順に業種を並べている。まず、期間中のリターン差異の変動幅(全業種)は12.95%であり、予想外の運用実績が最良であった年度と最悪の年度との差がそれなりに大きいことが分かる。また、業種別に観察すると、この変動幅が最も大きい業種(鉱業、35.21%)から、最も小さい業種(空運業、9.24%)まで、一定のばらつきがあり興味深い。このことから,母体企業属性(例:業種)の観点から、年金資産運用の傾向を検討する価値があることが示唆される。例えば、この変動幅をもって、年金資産運用に係るリスクテイクの程度と定義するならば、母体企業と年金運用に関する興味深い分析が可能となる。
 
3 勿論、業種によっては企業数が少ないため、特定企業の結果に業種平均値が左右される懸念もあり、解釈には慎重であるべきである。
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