今後のインドの農業政策はどのような方向に進むのだろうか。まず農業の収入増に繋がる(1)生産性向上に向けた方策、(2)収益性向上に向けた方策について述べた上で、次に伝統的な農業政策である(3)公的分配システムと(4)農業投入財政策について考えることとする。
(1)生産性向上には、経営規模の拡大と同時に、機械化や生産知識の習得などの技術力向上、農業金融の拡充、畜産(卵、乳製品)や園芸(野菜、果樹、花卉)など生産の多角化、そして種子・肥料や灌漑整備、研究開発といった農業分野への投資拡大が必要である。ただし、経営規模拡大は、農地の売買やリースの活用を促すだけでは不十分であり、非農業部門への雇用のシフトが不可欠である。
(2)収益性向上に向けては、今後もeNAMの普及拡大を通じた農産物市場の効率化が期待できるほか、コールドチェーンの整備や食品加工団地の整備によるフードバリューチェーンの構築などに民間部門が呼応することによって農業部門の更なる収益性の向上が期待できる。また農業大国かつ消費大国であるインドは農業の6次産業化(生産・加工・販売を一体化する農業手法)に大きな潜在性がある。農村を基盤とする農業関連産業に弾みがつくと、ボトルネックになっている小規模経営の問題の改善にも繋がる。もっとも民間部門が小規模・零細農家の収益を搾取する結果に陥らないか、政府の監督が求められるだろう。
(3)公的分配システム(PDS)については、今後も維持される可能性が高そうだ。国際食糧政策研究所が公表する2018年の世界飢餓指標(Global Hunger Index)によると、インドは全119カ国中103位をつけており、「深刻な」飢餓状態に位置づけられる。インドはマクロでは経済が成長して食糧自給も達成できているにもかかわらず、社会的な差別で定職につける機会が制約されている者が多く、今後もセーフティーネットとしての食料の配給が必要である。今後、非農業部門の雇用が増えて中間所得層が厚くなっていく場合、将来的に配給対象の削減や配給価格の値上げといった調整により食糧補助金は削減されていくことになるが、食料安全保障法に法的根拠がある配給制度自体は存続するだろう
13。
同様の理由から中央政府の穀物の買い上げも継続するが、今後は最低支持価格(MSP)が有する所得保障としての機能は低下していくと予想する。その理由は2019年の総選挙の公約にある。インド人民党(BJP)は小規模・零細農家を対象に現金を支給する首相農民基金(Pradhan Mantri Kisan Samman Nidhi:PM-KISAN)
14を全ての農家に適用する一方、国民会議派(INC)はBJPに対抗して最貧困層に現金を支給する最低所得保障(Nyuntam Aay Yojana:NYAY)
15を公約に打ち出した(図表23)。PM-KISANとNYAYはどちらも直接現金給付であり、これが農家の所得保障としての役割を一部担うことになり、財源は各種補助金予算から捻出するものと予想される。
(4)農業投入財政策も抑制されていくと予想する。耕作可能な農地の拡大が見込めないインド農業が単収を拡大させるためには投入財は不可欠であり、制度自体は維持されるだろうが、農薬・肥料、水(灌漑)、電力などの農業投入財の使い過ぎは過剰な財政負担や環境問題への悪影響も指摘されている。直接現金給付策の拡大や土壌健康カード(SHC)の活用で投入財の有効利用が進むなかで、投入財の補助金予算は縮小していくのではないだろうか。