ここでは、
組合管掌健康保険組合(組合健保)の場合について、説明します。
結論を先に言えば、組合健保が財政的に苦しい状況等のため解散した場合、組合健保の被保険者は、全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)に移行することになります。
以下では、健康保険組合の解散について、健康保険法の規定に従って、その概要を説明します。
1|健康保険法等の規定による解散
健康保険組合の「解散」については、健康保険法及び健康保険法施行令等に規定されています。
健康保険法第26条の規定によれば、健康保険組合は、以下の理由により、解散することになります。
(1) 組合会議員の定数の四分の三以上の多数による組合会の議決
(2) 健康保険組合の事業の継続の不能
(3) (健康保険法) 第二十九条第二項の規定による解散の命令
ここで、(3)のケースには、「事業若しくは財産の状況によりその事業の継続が困難であると認めるときは、厚生労働大臣は、当該健康保険組合の解散を命ずることができる。」と規定されています。
即ち、健康保険組合の収支状況が著しく悪化して、積立金等もなく、「その財産の状況によりその事業の継続が困難である」時には、健康保険組合の解散が行われることになります。
2|健康保険組合が解散を迫られる状況とは
それでは、「解散が迫られる状況」とは具体的にはどのような状況になっている場合を指すのでしょうか。
これについては、例えば、健康保険法第28条に「
指定健康保険組合」という概念が規定されています。これによると、「指定健康保険組合」とは、「健康保険事業の収支が均衡しない健康保険組合であって、政令で定める要件に該当するものとして厚生労働大臣の指定を受けたもの」と定義されています。
「指定健康保険組合」は、財政の健全化に関する計画「
健全化計画」を定め、厚生労働大臣の承認を受けなければなりません。
なお、「指定健康保険組合」に指定される「政令で定める要件」としては、健康保険法施行令第29条に以下のように規定されています。
第二十九条 法第二十八条第一項の政令で定める要件は、一の年度の決算において支出(経常的なものとして厚生労働大臣が定めるものに限る。)の額が収入(経常的なものとして厚生労働大臣が定めるものに限る。)の額を超える状態が継続し、かつ、一の年度における健康保険組合の保険給付に要した費用の額(前期高齢者納付金等、後期高齢者支援金等及び日雇拠出金並びに介護納付金の納付に要した費用の額(高齢者の医療の確保に関する法律の規定による前期高齢者交付金(第六十五条第一項第一号イ及び第六十七条第三項において「前期高齢者交付金」という。)がある場合には、これを控除した額)を含む。以下この条及び第四十六条において同じ。)から法第五十三条に規定するその他の給付及び介護納付金の納付に要した費用の額を控除した額を当該年度における当該健康保険組合の組合員である被保険者の標準報酬月額の総額及び標準賞与額の総額の合算額で除して得た率が千分の九十五を超える状態が継続する健康保険組合であって、準備金その他厚生労働大臣が定める財産の額が同項の指定をすべき年度の直前の三箇年度において行った保険給付に要した費用の額の一年度当たりの平均額の十二分の三に相当する額を下回ったものとする。
即ち、概ね、「健康保険組合の支出が収入を超える状態が継続し」かつ「『保険給付に要した費用の額から介護納付金の納付に要した費用等の額を控除した額』を、『当該年度における被保険者の標準報酬月額の総額及び標準賞与額の総額の合算額』で除して得た率が、9.5%を超える状態が継続する」健康保険組合であって、「準備金等の財産の額が直前の3年間における保険給付に要した費用の額の1年度あたりの平均額の3/12に相当する額を下回った」場合とされています。
つまり、毎年の収支が赤字で、その水準が一定水準を超える状態が継続しており、さらに準備金等の積立額の給付額に対する割合が一定水準を下回っている場合、が該当していることになります。
3|健康保険組合の健全化対策
「指定健康保険組合」に指定されると、「財政健全化計画」の提出を求められることになります。
財政健全化計画は、3年間の計画で、次の事項を記載する必要があります。
一 事業及び財産の現状
二 財政の健全化の目標
三 前号の目標を達成するために必要な具体的措置及びこれに伴う収入支出の増減の見込額
それでは、ここで規定されている「具体的措置」としては、具体的にどのような対応策が考えられるのでしょうか。
まずは、医療費の削減に向けた各種の取組みが求められることになります。この中には、組合健保の場合で、法定給付を上回るいわゆる「付加給付」(例えば、各組合健保が独自に行っている高額療養費に対する給付)を行っている場合の、その削減や廃止等も含まれることになります。
さらには、「保険料率の見直し」も行われることになります。これには、事業主と被保険者の合計の保険料率の引き上げに加えて、事業主が全体の保険料率の過半以上を負担している場合の「事業主負担から被保険者負担へのシフト(和半が限度)」も考えられます(全体の保険料率が変わらない場合には、事業主と被保険者の負担割合を変更しただけでは、収支への直接的な影響はありませんが、被保険者のコスト意識を高める効果は考えられることになります)。
このような給付や保険料率の見直し等を通じて、実質的に、各被保険者の実質的な負担が増加していくことになります。
4|健康保険組合の解散時の対応
健康保険組合が解散しようとするときは、厚生労働大臣の認可を受けなければなりません。それでは、実際に解散する際にはどのような対応が行われることになるのでしょうか。
(1)健康保険組合の債務等
健康保険組合が解散する場合には、当然にその財産をもって債務を完済することが求められることになります。ただし、健康保険組合の財政状態によっては、これができない場合も考えられます。
この場合には、健康保険組合は、設立事業所の事業主に対し、「政令で定めるところにより」、当該債務を完済するために要する費用の全部又は一部を負担することを求めることができる、ことになっています。ここでいう「政令の定め」によれば、健康保険法施行令第27条の規定により、「設立事業所の事業主に負担することを求めることができる費用の額は、債務を完済するために要する費用の全部に相当する額とする。」となっています。従って、健康保険組合が負担できない場合には、事業主が残りの全額を負担する義務があることになります。
ただし、破産手続開始の決定その他特別の理由により、当該事業主が当該費用を負担することができないときは、健康保険組合は、厚生労働大臣の承認を得て、これを減額し、又は免除することができることになっています。
(2)健康保険組合の権利・義務の承継
健康保険組合が解散した場合、全国健康保険協会が、解散により消滅した健康保険組合の権利・義務を承継することになります。
5|健康保険組合の解散時の被保険者の取扱と保障内容の変更
健康保険組合が解散した場合、組合の被保険者の保険カバーは、全国健康保険協会によって行われることになります。即ち、組合健保が解散した場合、被保険者は、全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)に加入して、カバーされることになります。
ただし、移行に伴い、新たな協会けんぽでの給付内容等はこれまでとは異なってくることになります。必ずしも以前と同様の保険料負担で同様の給付が得られるとは限らないことになります。組合健保においては、
基礎研レター「医療保険制度は、保険者ごとに給付の内容が違うの?」(2018.10.20)で説明したように、「付加給付制度」があり、充実した給付内容が設定されている場合がありますが、協会けんぽには付加給付はありません。さらには、傷病手当金や出産育児一時金のような給付も多くの組合健保は協会けんぽよりも充実しています。従って、一般的には、被保険者にとっては、以前の制度に比べて不利な状況になることが多くなります(一方で、協会けんぽに移行することで、将来の保険料率について、組合健保のままでは相当の上昇も覚悟しなければならないことも不安視されていたものが、比較的安定的になることが想定されるというメリットも享受できることになるという言い方もできるかもしれません)。
(参考)健康保険組合の財政収支が悪化し、解散が増加している理由
健康保険組合の財政収支が悪化して、解散するケースが増加しているのは、主として、①組合の被保険者の高齢化が進んで、医療費が増加していることに加えて、②65歳以上の高齢者の医療費を賄うための支出額が大きくなっている、ためです。
これらの給付の増加を賄うために、保険料率を引き上げていくことも考えられますが、一方で協会けんぽの保険料率が約10%であることから、組合健保の保険料率がこの水準を超えてくると、健康保険組合を組織する意味合いが薄れてくることになります。
保険料率が高いことに対応して、先に述べたように給付内容も充実している場合もありますが、付加給付などのメリットは、病気やケガ等をして、実際にその制度の恩恵にあずかるまでは、なかなかその存在の有り難さを認識することができないものです。これに対して、保険料の負担は被保険者全員が直接的に認識できるものです。従って、組合の被保険者の観点からも、健康保険組合を解散して、(保険料率が相対的に安くすむ)協会けんぽに移行するというインセンティブが働きやすい形になります。
3―全国健康保険協会(協会けんぽ)の場合