医療技術は、さまざまな面で進化を続けている。近年、特に、医療機器のデジタル化が進んでいる。そのうち、病理診断に関するものとして、AI(人工知能)と、バーチャル顕微鏡があげられる。
1|病理医はAIを上手に活用することが求められる
臨床医療にとって、病理診断の精度向上は重要である。近年、AIによる精度向上の取り組みが始まっている。2018年より、AIに病理画像を学習させて、病理診断を行わせるテストが開始されている
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70 2018年より、一般社団法人 日本病理学会は、国立情報学研究所と共同で、「AI病理画像診断システム」を開発している。AIによる診断は95%の精度を目標にしており、17の大学病院で同システムを実際に使って、病理医の診断結果と比較している。(「病気の診断に欠かせない『病理』を助けるAI(人工知能)」佐々木毅(東京大学, 再発転移がん治療情報 最先端がん治療紹介, 一般社団法人あきらめないがん治療ネットワークホームページ, 2018年10月31日)をもとに、筆者がまとめた。
(1) AIの判定の現状
AIの活用のためには、まず判定の精度向上がカギとなる。現状では、AIの判定は95%の精度を目標としている。この精度は、裏を返せば5%の誤りを生む結果となる。この水準では十分とはいえず、すぐにAIが病理診断を担う状況には至っていないとみられる。ただし、AIの診断精度は、今後、急速に上がっていくものと考えられる。人工知能システムそのものの性能が高度化するとともに、膨大な顕微鏡画像データを使ったAIの学習が進み、精度が向上することは間違いないとみられるためである。
(2) 病理医によるAIの活用
そこで、将来的にAIが病理医の職を奪うのではないか、という議論が生じている。診断の正確性の面だけをみれば、いずれAIが病理医を凌駕する状況が生じるものと考えられる。しかし、病理診断は、病理医としての責任を伴うものである。人間ではないAIが、病理診断に伴う病理医の責任まで肩代わりすることはできない。今後、診断の責任の問題は、検討が進められる必要があるだろう。
このように考えると、現在ただちに、AIが病理医にとってかわる状況ではない。当面は、病理医が精度の向上したAIを上手に活用して、診断品質の改善や、診断作業の効率化を進めることが考えられる。ひとり病理医の病院で、ダブルチェックのためにAIを活用するといったことも考えられる
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71 なお、AIが進化してもプレパラートの標本作製は必要と考えられる。このため、臨床検査技師の役割は残るものとみられる。一方、HE染色は必要なくなるかもしれない。AIがもっとも読み取りやすい形式で細胞像を評価できればよく、人間の眼からみた見やすさは考慮の必要がなくなるからである。(「いち病理医の『リアル』」市原真著(丸善出版, 2018年)を参考に、筆者がまとめた。) その場合、病理医のために、あえて染色作業を残すかどうか、議論が必要となろう。
2|バーチャル顕微鏡の活用で病理医不在を補うことが必要
医療技術の高度化の1つとして、顕微鏡による検体観察をデジタル化する「バーチャル顕微鏡」の開発が進められている。バーチャル顕微鏡には、「デジタル顕微鏡」、「遠隔顕微鏡」、「バーチャルスライド作製装置」の3つがある。いずれもプレパラートの標本データがデジタル化され、ディスプレー上での確認や、ハードディスク等でのデータ保存が可能となる
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72 ただし、こうした高性能の顕微鏡技術が導入されても、プレパラートの作製は、従来と同様に必要と考えられる。
(1) デジタル顕微鏡
デジタルカメラを介して、プレパラートをディスプレー上で観察できるようにした光学顕微鏡。人間の眼の代わりに、デジタルカメラで顕微鏡を見ることとなる。
(2) 遠隔顕微鏡
デジタル顕微鏡に電動ステージを設置して、インターネットによる遠隔操作により、ディスプレーで観察できるようにしたもの。
(3) バーチャルスライド作製装置
プレパラート全体を撮影して、デジタル画像にする装置のこと。作製されたデジタル画像はクラウドやハードディスク等に保存される。画像は、倍率変換や観察部位移動などの機能を持つ、ビューアソフトで観察する。
これらのバーチャル顕微鏡を活用することで、遠隔病理診断の可能性が高まるものと期待される
73。たとえば、遠隔顕微鏡を用いて、手術中に採取された組織の標本を、遠隔地にいる病理医が診断する。これにより、病理医不在の病院における手術で術中迅速診断を行う「遠隔術中迅速診断」などの動きが広がっていくものとみられる。今後も引き続き、顕微鏡技術のデジタル化を進めて、病理医不足を補完し、病理診断の精度管理や効率性の向上を図ることが重要といえる。
73 2012年の診療報酬改定より、遠隔術中迅速診断を含む遠隔病理診断は、データ送信側・受信側の医療施設があらかじめ社会保険事務局に届け出るなどの基準を満たすことで、保険医療機関間の連携による病理診断として、保険適用されるようになっている。
8――おわりに (私見)