2|配偶者居住権
配偶者居住権は混乱しがちだが前述した配偶者短期居住権とは異なる。そもそも法制審議会の審議段階では配偶者長期居住権と仮称されてきた。法律では配偶者居住権となっている。
この権利は、被相続人の配偶者が被相続人の建物に相続時に居住していた場合において、その建物の全部について無償で使用及び収益する権利である(改正民法1028条)。夫死亡後において、妻が夫名義だった建物に原則として終身居住できる権利である。配偶者短期居住権と似ているが、比較すると配偶者居住権は(1)権利の存続期間が終身である(遺言等で期間の定めをした場合を除く)(改正民法1030条)、(2)建物の全部について権利が及ぶ、(3)権利は当然に発生するのではなく、何らかの設定行為が必要である、等が挙げられる。
配偶者が配偶者居住権を取得した場合には、その財産的価値に相当する価額を相続したものとして扱われる
3。また配偶者短期居住権と異なり、上記(3)の通り、設定行為が必要である。
まず、遺言による設定が考えられる。これはたとえば「配偶者居住権を遺贈する」といった遺言書を書いておくことで設定ができる。遺贈による設定の場合、その財産的価値を相続の分配に当たっての相続財産に加算(特別受益の持ち戻しという)をしないことを原則とする(改正民法1028条3項で準用する改正民法903条4項)ため、配偶者の全体としての取り分が増加する可能性がある(特別受益の持ち戻しとは、相続人の間に贈与や遺贈で別途財産を得た者があるときは、具体的相続額算定にあたっては、その贈与・遺贈財産分を加算して算出するというルールである)。遺言件数はまだ少ないようであるが、配偶者の将来のことを考えれば検討しておく価値がある。
また、遺産分割により配偶者居住権を取得させることも出来る。この場合、配偶者居住権も分割すべき相続財産の対象となるので、配偶者の配偶者居住権をも勘案した相続分で取得することが原則になる。
以上の相違を具体的に考えてみよう。被相続人の財産が5000万円、うち配偶者居住権の価格を2000万円とし、相続人は配偶者とこども一人とする。遺贈により配偶者居住権を分与すれば、分割すべき財産に算入しない(特別受益の持ち戻しをしない)ので、相続で分割すべき財産は結局3000万円(5000万円-2000万円)となる。配偶者の法定相続分は1/2であることから、法定相続分通り分割するとすれば3000万円の半分の1500万円が配偶者の相続分となる。配偶者居住権とは別途1500万円の分割を得ることができるので、配偶者の年齢にもよるが夫死亡後の老後資金としては当てにできる金額であろう。
一方、遺産分割協議により配偶者居住権を設定し、相続財産を法定相続分で分割するとした場合には、5000万円の相続財産を分割することになるので、配偶者の法定相続分は2500万円である。うち配偶者居住権が2000万円であるので、そのほか500万円分の相続財産を得るのみになる。生活費としては少し不安かもしれない。
なお、家庭裁判所の審判による配偶者居住権の設定も可能である。可能となる場合は、(1)共同相続人の合意がある場合と(2)居住建物の不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要がある場合である。
3 前掲注2要綱案p7参照
3――財産分割の諸制度の創設