地方公会計制度とその改革~その2 地方公会計制度改革の経緯と課題~

2018年03月20日

(神戸 雄堂)

2――統一的な基準による地方公会計

その後、総務省は、地方公共団体における財務書類の作成についての検証を行うとともに、国際公会計基準(IPSAS)2の動向を踏まえた新地方公会計の推進方策等を検討するため、2010年9月に「今後の新地方公会計の推進に関する研究会」を設置した。

2013年8月には同研究会において、今後の新地方公会計に関する基本的な考え方として、固定資産台帳の整備及び複式簿記の導入が必要不可欠であることが示された。そして、2014年4月には(1)発生主義・複式簿記の導入、(2)固定資産台帳の整備、(3)比較可能性の確保を促進するべく、同研究会の報告書において「統一的な基準」が公表された。さらに、2015年1月には総務大臣が「統一的な基準による地方公会計の整備促進について」を通知し、全ての地方公共団体において統一的な基準による財務書類等を原則として2015年度から2017年度までの3年間で作成し、予算編成等に積極的に活用するよう要請した。これによって、全ての地方公共団体は、遅くとも2017年度の決算までには、固定資産台帳の整備と発生主義・複式簿記による会計方式に基づく財務書類の作成を求められることとなった。

この「統一的な基準モデル」は、複式簿記の導入と固定資産台帳の整備を前提としている点は従来の「基準モデル」と共通しているが、「統一的な基準モデル」では、より企業会計に準じた勘定科目や表示方法、会計処理などの見直しが行われている。その結果、各団体はその対応に追われている。とりわけ全団体のうち多くを占めていた「総務省方式改訂モデル」採用団体においては、まず複式簿記の導入と固定資産台帳の整備から始めることとなったが、これらに関するノウハウや理解している人材が不足しており、より負担が大きかったと推測される。

では、固定資産台帳の整備と発生主義・複式簿記による会計方式に基づく財務書類の作成を行うことで、どのような効果があるのだろうか。まず、作成した統一的な基準による財務書類を活用することで、図表5のような財務書類分析が可能となる。そして、財務書類から算定される指標を活用することで、経年での比較分析や類似団体での比較分析が可能となり、住民へのわかりやすい財政情報の公表や限られた財源の有効活用にも寄与する。次節では、具体例として、資産形成度の視点から有形固定資産減価償却率(資産老朽化比率)について取り上げたい。
 
2 国際公会計基準(IPSAS)とは、国際公会計基準審議会(IPSASB)が開発・公表している、政府や地方自治体など公共部門における会計基準である。同基準は、民間の企業部門における国際財務報告基準(IFRS)をベースとして作成されており、2010年の欧州債務危機以来、導入する国が増加しているが、日本では導入に至っていない。
 

3――有形固定資産減価償却率による分析

3――有形固定資産減価償却率による分析

有形固定資産減価償却率(資産老朽化比率)とは、既存の財政指標では把握できなかった地方公共団体の資産の老朽化を表す指標であり、有形固定資産減価償却率 = 減価償却累計額/取得価額で算出される。減価償却とは、建物や機械装置など時の経過等によって価値が減っていく資産について、価値の減少を反映させる会計処理である。減価償却累計額が大きい、すなわち有形固定資産減価償却率が大きいほど、資産を購入してからの経過期間が長く、資産価値が減少していることを表している。

有形固定資産減価償却率の算出には固定資産台帳の整備が前提となっている。なぜなら、従来公有財産を管理するための台帳として使用されてきた公有財産台帳は主に数量面を中心とした財産の運用管理、現状把握(建設時期、大きさ・広さ、数量など)を目的として備えており、固定資産台帳のように有形固定資産減価償却率の算出に必要な資産価値(取得価額)に係る情報の把握ができないためである。逆に言えば、固定資産台帳を整備することで、ようやく有形固定資産減価償却率の算出が可能となる。

そして、各地方公共団体は、この指標を活用することで、個々の資産の更新時期(耐用年数)がいつ到来するか、資産全体として更新時期のピークがいつ到来するか、更新費用がいつどれだけ必要なのかを把握することができ、個々の資産の更新要否の検討や更新費用の積立といった対応が可能となる。 

では、例として実際に公表されている固定資産台帳を活用して分析を行いたい。ある団体では、2016年度末(2017年3月31日)時点の固定資産台帳に311件もの事業用有形固定資産(公有財産建物)が登録されており、そのうち、小・中学校の校舎は25件登録されている。これらの取得(建設)時期を件数ベースで見ると、1960年代に集中しており、全体の7割以上がこの期間に取得されている(図表6)。小学校校舎の法定耐用年数は47年とされており、既に多くの校舎は耐用年数が到来しているため、これらは更新が必要と考えられる3
しかし、これはあくまで更新時期の把握に過ぎず、行政運営上では、これに加えて、どの程度の更新費用が必要であるのかを把握すること、またその更新費用をどう確保するかということが重要となる。従来の公有財産台帳では、更新費用の把握や確保ができなかったが、固定資産台帳を整備し、有形固定資産減価償却率を算出することで、これらが可能となる。具体的には、固定資産に減価償却を適用し、固定資産の価値の減少を把握するとともに、その減少額を固定資産の買い替えや修繕に必要な金額(更新費用)とみなし、別途積立てることで、計画的に更新費用を確保することが可能となる。

次に、減価償却率(減価償却累計額/取得価額)をみると、1980年までに取得された校舎は100%近い水準に達しており、老朽化が進んでいることが改めて確認できる (図表7)。また、取得価額をもとにした更新費用は4、1990年代に取得された校舎が耐用年数を迎える2030年代以降にピークを迎え、その更新費用は約100億円にも及ぶため、それまでに計画的な更新費用の積立が必要となろう。5

ただし、この団体における2014年度から16年度までの維持補修費の年度平均実績は約4億円で、10年間でも40億円程度に過ぎない。また、当然のことながら小・中学校の校舎以外にも維持補修が必要な公共施設が存在しているため、限られた財源ではすべての校舎を更新することはおそらく不可能であろう。したがって、この団体においては人口動態から見た小・中学生の数の将来推計や小・中学校の校舎以外の公共施設の更新時期・費用などを総合的に踏まえたうえで、各校舎の更新可否や学校の統廃合等を決定していく必要があると考えられる。
このように、各地方公共団体は、有形固定資産減価償却率という指標を活用することで、財源の有効活用に向けた意思決定が可能となる。また上記の例では、住民に対して、なぜ小・中学校の校舎の更新が必要(不要)か、統廃合が必要かなどをわかりやすく説明することも可能となる。各地方公共団体が保有する道路や下水道、学校など我々の日常生活に不可欠な公共インフラや公共施設については、その多くが高度経済成長期に建設され、まさに近年更新時期を迎えた、もしくは迎えるため、昨今公共インフラや公共施設の老朽化とその更新費用が問題視されている。したがって、図表5で示した指標の中でも、有形固定資産減価償却率の重要性は特に高いと思われる。
 
 
3 固定資産台帳上では、冷暖房機設置工事や電気設備の改修工事の記載があるものの、各校舎の更新状況の詳細までは不明であるため、耐用年数到来時期に更新が必要と仮定した。
4 簡略的に、減価償却累計額相当の更新費用が必要と仮定した。
5 取得価額をもとにした場合、1960年代に取得された校舎の更新費用は比較的少ないが、これは90年代に比べて60年代の物価が低かったことに起因していると考えられ、実際の更新費用はこれを上回る可能性が高い。このように、現在と大きく物価水準が異なる時点で取得された固定資産の更新費用を推計する際には注意が必要である。また実際の行政運営上では、耐用年数到来時期に一斉に更新するというよりは更新時期を分散させると考えられる。当稿ではこれらについて簡略化し、2030年代に更新のピークを迎えるとしている。
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