この点に関しては、Bergstresser et al. [2006] の論考が有益な示唆を提供している1。彼らは、保険数理上の諸仮定のうち、期待運用収益率の設定という経営者裁量の問題に注目した実証研究を行っている。そもそも、期首の年金資産残高に対して、期待運用収益率を乗じることにより計算される期待運用収益は、退職給付費用のマイナス(減少)項目となる。したがって、その金額が大きく見積もられた場合には、退職給付費用が小さくなり、企業損益を増加させる。Bergstresser et al. [2006] が行った米国企業を対象にした実証研究の結果によれば、経営者は、自社がM&Aの準備に入っているような場合に、年金資産運用に関する期待収益率を高く設定する傾向があることを実証的に示している。すなわち、母体企業の投資戦略が年金会計上の諸仮定を通じて企業年金財政の見積値に影響を与えることになる。
1 D. Bergstresser、 M. Desai、 and J. Rauh、 Earnings Manipulation、 Pension Assumptions、 and Managerial Investment Decisions、 Quarterly Journal of Economics 121(1)、 pp.157-198、 2006.