年金改革ウォッチ 2017年11月号~ポイント解説:経済成長率と賃金上昇率の乖離

2017年11月07日

(中嶋 邦夫) 公的年金

1 ―― 先月までの動き

年金財政における経済前提に関する専門委員会では、前回(2014年)の財政検証(将来見通し)における同専門委員会の議論や近年の経済動向について説明があり、意見交換が行われました。資金運用部会は、先月下旬に事前協議したGPIFの中期目標案について、正式に了承しました。
 
○社会保障審議会 資金運用部会 (持ち回り開催)
10月2日(第6回)  GPIFの中期計画の変更
 URL http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000179037.html  (配布資料)
 
○社会保障審議会 年金財政における経済前提に関する専門委員会
10月6日(第2回) 2014年財政検証における経済前提専門委員会の議論、近年の経済の動向等
 URL http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000179951.html  (配布資料)
 

2 ―― ポイント解説:経済成長率と賃金上昇率の乖離

2 ―― ポイント解説:経済成長率と賃金上昇率の乖離

先月の経済前提専門委員会では、経済成長率と賃金上昇率の乖離が話題になりました。本稿では、議論の背景や現在までの状況、次の財政見通しへの影響を確認します。

1|議論の背景:賃金上昇率は重要な前提。GPIFの資産構成にも影響

年金財政の将来見通しにとって、賃金上昇率は重要な前提です。保険料の基となる賃金の伸び率であると同時に、年金額の改定の基礎になっています。特に、現在の年金額の改定では給付削減(マクロ経済スライド)が行われています。マクロ経済スライドの調整率(給付削減の度合い)と賃金上昇率の大小関係は、特例措置の発動に影響し、年金財政のバランスを左右します。昨年のいわゆる「年金カット法案」の審議でも、賃金上昇率の設定が議論になりました。その結果、次の将来見通しでは、賃金上昇率が一時期にマイナスになるケースなどを検討することになっています。

また、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の目標運用利回りは、「賃金上昇率を何%上回る水準」という形(いわゆるスプレッド)で設定されます。そのため、賃金上昇率の前提は、目標運用利回りを基に決定される資産構成(基本ポートフォリオ)にも影響します。
2|現在までの状況:賃金上昇率が1人当たり成長率を下回る状況が継続
将来見通しでは、賃金上昇率が1人当たりの経済成長率に等しいと設定されています*1。しかし現実には、賃金上昇率が1人当たり成長率を下回る状況が続いています*2

両者が乖離する要因には、(1)労働分配率の低下、(2)企業が負担する社会保険料等の増加、(3)雇用者に占める短時間労働者(パート労働者)の増加、があります。過去20年間の動きを見ると、(1)については、国内総生産(GDP)に占める雇用者報酬の割合が59%から55%に低下しています*3。(2)については、雇用者報酬に占める雇主の社会負担の割合が12%から15%に上昇しています。(3)については、雇用者数に占めるパート・アルバイトの割合が17%から24%に上昇しています。
 
 
*1 長期的な前提(約10年後以降)での設定。厳密には被用者(厚生年金加入者)1人当たりのGDP成長率。なお、短期の前提では、内閣府の経済見通しにおける雇用者1人当たり賃金・俸給の上昇率に等しいと設定されている。雇用者1人当たり賃金・俸給の上昇率は、実績では賃金上昇率とほぼ同水準であることが確認されている。
*2 専門委員会では、名目経済成長率と名目賃金上昇率の乖離要因として、物価指数(GDPデフレーターと消費者物価指数)の違いが挙げられた。本稿ではその影響をなくすため、それぞれの物価指数で除した実質ベースで見た。また、専門委員会では就業者1人当たりの経済成長率を参照したが、本稿では将来見通しの前提(被用者1人当たり)に近い雇用者1人当たりで、GDP成長率を見た。
*3 同日の専門委員会で示された「固定資本減耗+営業余剰(純)+雇用者報酬」に対する割合を記載。
3|将来見通しへの課題:労働分配率の低下傾向やパート労働者の動向をどう織り込むか
このような諸要素の変化が賃金上昇率と1人当たり経済成長率の乖離要因になっていますが、将来見通しにおける長期の経済前提は平均的な姿を想定したもの(いわば「長期」を1つの塊と考えたもの)なので、時間の経過に伴う変化は直接的には考慮されません。そのため、変化をどう織り込んで将来の平均値を設定するかが、将来見通しを作成する際の課題となります。

乖離要因のうち労働分配率は、従来は過去10年間の平均値が用いられていました。しかし、前回(2014年)の将来見通しでは過去30年間の平均値と併用され、技術進捗等が少ない(全要素生産性(TFP)上昇率が1.0%未満の)ケースGとHでのみ、過去10年間の平均値(低下を反映した値)が使われました。次の将来見通しでは、労働分配率の設定やTFP上昇率との組み合わせ方を再確認すべきでしょう。

企業が負担する社会保険料等の増加は、その中心である厚生年金の保険料率の引き上げが今年9月に終わりました。他方、健康保険の保険料率は今後上昇する可能性がありますが、具体的な上昇幅や影響を見積もるのは困難でしょう。専門委員会での議論が注目されます。

パート労働者は、前述のとおり雇用者の4分の1を占めるようになっています。そこで前々回の将来見通しから労働時間を基準にした推計方法が導入され、パート労働者の増加への対応が図られています。次の将来見通しでは、最近増加している60歳代の短時間労働者や、昨年10月から始まった厚生年金の適用拡大や短時間労働者の就労時間増加を促す雇用助成金の影響*4を、どう見込んで、どう織り込むかが、検討課題となるでしょう。
 

保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫(なかしま くにお)

研究領域:年金

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴

【職歴】
 1995年 日本生命保険相互会社入社
 2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
 2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
(2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

【社外委員等】
 ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
 ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
 ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
 ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
 ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

【加入団体等】
 ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
 ・博士(経済学)

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