最低賃金は、2007年度以降は生活保護に係る政策との整合性を取るためという貧困対策の面から大幅な引き上げが続き、2014年度には生活保護の水準と最低賃金の乖離が全ての都道府県において解消されたと最低賃金審議会はしている
6。そして、現在の大幅な引き上げは、総雇用者所得を増加させ、持続的な経済成長を実現するためという経済政策の面が強くなっている。ただし、最低賃金の引き上げ率と短時間労働者の時給上昇率に相関関係はみられず、総雇用者所得を増加させる効果は現時点では限定的なものにとどまっている。
また、現在のランク分けによる目安額の提示は全国的に整合性のある決定が行われるようにするため、1978年度から導入されている。ランク分けは複数の経済指標を合成した総合指数で47都道府県が順位付けされ決定するものの、その後の目安額の決定に当たっては、明確な根拠があるわけではなく、整合性に欠ける。とりわけ、2016年度は「ニッポン一億総活躍プラン」、2017年度は「働き方改革実行計画」への配慮が優先され、過去最大の引き上げ額となった。
大幅な引き上げを受けて、影響を受ける労働者は年々増加している。特に、中小企業で働く労働者は最低賃金近辺で働いている割合が多い。今のところ、全国的に人手不足感が大きく高まる中では、企業が雇用を減らす等の悪影響は生じていないが、企業にとってはコスト増加にもつながり、中小企業が最低賃金を円滑に引き上げられるよう政府の支援
7がますます必要になってくるだろう。特に、Dランクは引き上げ額が小さいが、地域経済に与える影響は他のランクに比べて大きく、中小企業の生産性向上に向けた取り組みがより重要になってくる。一方、Bランクの茨城県、滋賀県、Cランクの石川県、香川県、群馬県をはじめB,Cランクでは引き上げの恩恵を受ける労働者が少ないことに加え、押し上げ効果も限定的な地域が多く、更なる引き上げ余地があろう。また、Aランクの大阪府や神奈川県では、最低賃金法に違反している事業所の取り締まりを強化することで、十分な効果を期待できる可能性がある。
最終的に引き上げ額を決定する地方最低賃金審議会では、中央から示される目安額が重視されているが、より地域の実態に即した審議を行う必要性が高まっていると考える。
大幅な引き上げが続く中で、労使の主張は対立している。今年度の審議会では、労働者側は、「最低賃金の水準が依然として低く、最低賃金額が800円以下の地域をなくすことが急務であり、Aランクについては1,000円への到達を目指すべき」として、「達成時期は3年以内」と主張している。一方、使用者側は、「政府の施策の十分な成果が見られないまま最低賃金の大幅な引き上げが先行して実施されてきた」との現状認識を示し、「急激に上昇した影響率を十分に考慮した、合理的な根拠に裏打ちされた目安を提示すべき」と主張している。
毎年3%程度の引き上げを通じて最低賃金の時給1,000円を達成しても、企業負担が増して雇用にも悪影響が生じれば経済効果はマイナスとなってしまう。本末転倒にならないためにも、日本経済が成長を続けるだけでなく、最低賃金引き上げが及ぼす影響について、実態をより詳細に把握し、中央及び地方の最低賃金審議会において引き上げ幅の数値的な根拠を明確にしていく必要があるだろう。
6 「生活扶助基準(1類費+2類費+期末一時扶助費)+住宅扶助」と「最低賃金で月173.8時間働いた場合の可処分所得」を比較
7 現在の支援として業務改善助成金があり、生産性向上のための設備投資(機械設備、POSシステム等の導入)を行い、事業場内最低賃金を30円以上引き上げた場合、その設備投資などにかかった費用の一部を助成(上限額200万円)している