華人が、東南アジアに居住した大きな理由や要因は、以下のようなプッシュ要因とプル要因に整理されている(渡辺(1977)、濱下(2013)、清水・潘・庄(2014)などによる)。
・プッシュ要因:中国の貧困地域の住民を東南アジア(現在のアセアン地域)に向けて押し出した要因であり、広東省、福建省、海南省では、可耕地面積が少なく、人口は多いという、農地に対する人口の圧力が非常に強い地域事情により多くの貧しい農民層が存在していた。東南アジアとは、隣接し海洋でつながっているという地理的なファクターも重要であった。
・プル要因:19世紀末から20世紀初、東南アジアでの欧米諸国による植民地経営により食料や工業原材料などの生産・開発や流通のために低賃金での労働力に対する大きな需要があった。その中で東南アジアの現地人は、元々人口が少ないうえに、上記のような労働や商業にあまり関心を持たなかった。例えば、マレーシアでは、錫鉱山やゴム等の農園、インドネシアでは金鉱山、錫鉱山、農園等、その他港湾や建設現場などの労働者(クーリー(苦力))として働き、その後、行商人・露天商から商業、さらに精米業、流通業、卸売・小売業、金融業、不動産業、サービス業(小売・飲食などを含む)などの分野に進出し大きな役割を果たすようになって富を蓄積した。
中国には 「白手起家」という言葉(何もないところから身をおこして財をなすという意味)があるが、まさに華人は異郷で勤勉に働き財をなし家を興すことを目指した。この点に関し、アジア立志伝(鈴木真美・NHK取材班 2014)には、タイのCPグループ総帥のタノン・チャラワノン(中国名:謝国民)が、幼い頃、その父から聞いた教えという「われわれ華僑は、外から来た『よそ者』だと思われないことが大切だ」という言葉が引用されている。
上記のように、現地の社会にとっての部外者である華人(特に現地一世)が生活の基盤を安定させるためには、以下のような重要なポイントがあった。
・現地に溶け込む努力:現地の風俗・習慣・文化の理解、現地語の習得、権力者との関係の強化
・助け合いや協力・支援:出身地や言語
8(中国における地方方言)、職業などを同じくする集団の結成(下記の幇(パン:郷幇と業幇)についての記述を参照いただきたい)
9。
・現地政府や現地の民族社会に対して自分たちの利益や秩序を守る自衛的な機能、構成員の生活を扶助する機能、ビジネスを支援する機能
6 例えば、中国南部からタイへは相当古い時代からのタイ族の移住の歴史がある(レイ・タン・コイ2000)。
7 本稿では、近年になって中国から海外留学などを契機に国外に移りビジネス等で成功した、いわゆる「新華橋」や「新移民」は考察のメインターゲットには含めていない。
8 同じ省(例えば広東省)の出身者でも、広東語、潮州語、客家語など様々な言語の違いがあり、その違いによってグループ分けが行われている。
9 地縁・血縁・業縁を三縁という。