前章まで、救急医療や災害医療の現状と課題について、概観した。近年、救急搬送の回数が増加し、搬送時間が長くなっていること。救急車の適正利用について問題が生じていること。トリアージを含めた災害医療体制が整備されつつあること、などを紹介した。
本稿の最後に、これまでに紹介してきた内容に関連して、私見を記すこととしたい。以下、救急医療体制、救急車利用、AED使用促進といった、平時の救急医療関係につき3点。トリアージの法整備、情報化といった、災害医療関係につき2点。合わせて、5つの点について、述べていく。
<1> 救急告示医療機関と、初期・二次・三次の医療機関の枠組みを一元化すべき
消防の救急搬送先である救急告示医療機関と、救急医療体制の中で定められている初期・二次・三次の、2つの枠組みが並存している。かつて、政府の検討会で一元化が提案されたものの、2つの枠組みは存置されている。その結果、例えば、大学病院でありながら救急告示病院ではなく、救急搬送の受け入れが可能かどうか不明な場合があるなど、複雑でわかりにくいものとなっている。一刻を争う救急医療において、不測の事態を避けるためにも、両制度の一元化を図るべきと考えられる。
<2> 救急車の適正利用に向けて、是正策を進めるべき
救急車については、頻回利用者や、軽症利用者が存在している。重篤な傷病者が発生した場合に、円滑な救急搬送ができるよう、救急車の適正利用を促すための是正策を進めるべきと思われる。ただし、救急搬送の有料化については、救急車の出動要請を躊躇したために、傷病者が重症化する事態や、裕福な者と生活困窮者との間で医療格差が生じる等の課題も指摘されている。既に有料となっている諸外国の事例を参考にしつつ、有料化による効果や課題を、慎重に見極めるべきと考えられる。
<3> AEDの使用促進を含めて、一般市民の救急医療への意識向上を図るべき
AEDの設置台数は、増加している。特に、一般市民が使用可能なPADは、設置が進んだ。街中で、AEDを目にする機会も多い。しかしながら、心肺機能停止状態の傷病者に対して、実際にAEDが使用される率は、5%に満たない。このままでは、設置されたAEDは、宝の持ち腐れとなりかねない。一般市民のAED使用を促進するために、使用方法や注意事項等について、周知を図る必要があるものと考えられる。AEDに関する地道な啓発活動が、今後の救急医療の成否の鍵を握っていると言えよう。
<4> トリアージの法整備を進めるべき
トリアージは、法令上、過誤についての責任と、実施者の権限、の2点が不明確となっている。まずは、トリアージの過誤に対する免責について規定して、トリアージ実施者の不安を取り除くべきであろう。また、医師・歯科医師以外の人がトリアージを実施する場合の権限も明確化して、実施者を保護することも必要であろう。その上で、平時の訓練を充実させることで、トリアージの質を向上させて、避けられた災害死をなくしていくことが必要と考えられる。
<5> トリアージタッグの電磁化を図り、情報の記録・参照を拡充すべき
災害時に、トリアージ実施者は、トリアージタッグに、判断根拠等の情報を詳細に記述する余裕はない。また、トリアージタッグには、訂正を前提としていないことや、トラッキングができないことなどの課題も挙げられる。そこで、バーコードやICタグ等を付けることで、トリアージタッグの電磁化を図り、情報の記録・参照を拡充すべきと考えられる。既に、その研究・開発に着手している研究者もいる。例えば、音声入出力機能を備えて、口述記録や、再生を可能とすることが検討されている。
今後、地域包括ケアシステムは、本格的な稼動に向けた取り組みが、進むものとみられる。そうなれば、脳卒中や急性心筋梗塞などで、自宅や施設で暮らす高齢者に、救急医療を施す機会も増加するであろう。即ち、今後、救急医療は、より頻繁に、より身近に、起こるものとなっていくものと考えられる。そのために、救急医療や、救急搬送の体制を整備しておくことが求められよう。
特に災害医療については、事前の備えが欠かせない。「天災は忘れた頃にやって来る」
66と言われるが、教育や訓練を通じた平時の備え次第で、防災・減災の効果は、大きく変わってくる。防災訓練等についても、地域ぐるみで、取り組みを進めていくことが必要であろう。
これからの救急医療の動向を、引き続き、注視していくことが重要と考えられる。
66 天災は、起きてから年月がたってその惨禍を忘れた頃に再び起こるものである。寺田寅彦の言葉とされる。高知市の邸址にある碑文は「天災は忘れられたる頃来る」。(「広辞苑 第六版」(岩波書店))