2|適用時期と会社の準備
新基準の強制適用は2021年1月1日からで、新しい要件を実行するために、会社は3.5年の準備期間が与えられることになっている。ただし、2021年から適用する場合でも、前年度との比較を行うために、最低限2020年末のIFRS第17号による勘定を作成する必要がある。
ソルベンシーIIとは異なり、IFRS第17号に基づく会計が、監督会計等で強制使用されるのでなければ、その準備計画を管理・監督する規制当局は存在しないことになるため、基本的には適用に向けた準備は各保険会社ベースで行われていくことになる。
3|システム開発等のコストと労力の負荷
IFRS第17号を適用するためには、多大なシステム開発等のコストと労力が必要となる。
例えば、CSMを算出するためには、原則的な方式に基づけば、過去に引き受けられた契約について、契約時に遡って、各種のデータに基づく算出を行い、その後の動きを追跡していくことが求められるが、そのようなことが可能なシステムを有している会社は殆ど無いものと思われる。もちろん、初度適用においては、殆どの会社が既契約に関しての経過措置を適用する形になると思われるが、それでも、今後の契約等については、現行とは大きく異なる考え方を導入していくことになるため、多大な準備作業が必要となることが想定されることになる。
欧州の保険会社はソルベンシーIIへの対応のためにシステム開発等を中心に多大なコストと労力を費やしてきている。その意味では、欧州の保険会社は、こうした経済価値ベースのソルベンシー制度が導入されていない地域からの会社に比べて、一日の長があるとも考えられる。欧州の保険会社はソルベンシーIIでの考え方をできるだけIFRSに利用することを検討しているようだが、それが認められるのかどうかについては、その内容にもよるが、現段階では不透明であると思われる。いずれにしても、IFRS第17号の導入により、新たな概念や考え方が導入されてくることになることから、さらなる対応が求められてくることになる。
ソルベンシーIIは特定の期末時点の状況を示す基準であるのに対して、IFRS第17号は、ある時点から別の時点への保険負債等の変動から生じる損益の動きを説明するための基準でもある。ソルベンシーIIが過去の実績の結果としての現在の財務諸表の数値に加えて、将来の見通しを反映した数値を利用していくのに対して、IFRS第17号はさらに過去のデータの保存、追跡等も行う必要があることから、新たなデータやその分析が求められてくることになる。
従って、欧州の保険会社にとっても、IFRS第17号への対応に、ソルベンシーII以上のコストや労力が必要になってくるのではないか、とも言われている。
4|各種の経済価値的評価の間の関係の説明の必要性
経済価値的な評価については、欧州の保険会社においては、既にソルベンシーIIだけでなく、EV(Embedded value:エンベデッド・バリュー)等の概念が導入されている。今後は、IFRSベースの数値とこれらの数値との関係についての十分な説明が求められてくることになる。特に、利益水準や資本の管理等を何をベースに行うのか、それを対外的にどのように説明していくのか、これらの複数ベースの数値等に与える影響が異なる場合に、会社はどのような判断を行うのか、等について、経営判断が必要になり、そのことを対外的に説明していく責任を果たすことが求められてくることになる。
欧州ではソルベンシーIIの導入により、ソルベンシーIIが同様の情報を提供しているとの認識や保険会社の報告負担の軽減の観点から、2016年決算においては、EVの報告を行う保険会社の数が減少していた。この背景には、資産運用事業や手数料事業のウェイトの拡大により、保険固有の指標であるEVの位置付けが低下してきているという面もあるかもしれない。いずれにしても、IFRS第17号の導入により、こうした傾向にさらに拍車がかかってくることになるかもしれない。
もちろん、それぞれの指標の持つ意味合いはそれぞれに異なっていることから、投資家等の立場からは、引き続きできる限り多くの指標が公開されていくことが望まれる、ということになる。ただし、保険会社の立場からは、IFRS第17号の適用により、さらに報告業務が複雑化してくることから、これまでの報告数値を再編成していく必要性が高くなることになる。その意味で、今後は、IFRSによる利益、ソルベンシーIIによる数値、EV等の指標の位置付けを再検討し、投資家が本当に必要としている情報(配当支払能力等を測定するための現金や資本の形成に関する情報等)を効率的に提供していく方策が求められてくることになる。そして、こうした益々複雑化して理解の困難度が増してくると思われるこれらの数値の間の関係について、投資家等の理解を助けるために、充実した分析情報等の提供が求められてくることになるものと思われる。
5|会社毎の準備状況
先に述べたように、世界の保険会社のIFRS第17号に対する準備状況は、会社毎に大きく異なっているものと思われる。欧州の保険会社は既にIFRSを適用しており、ソルベンシーII等への対応も行ってきたことから、相対的に準備が進んでいるものと思われている。さらに、生命保険会社と損害保険会社の間でも状況が大きく異なっている。一般的に損害保険会社の方がグローバル化が進んでいて、IFRS適用のニーズが高く、そのための準備も進められてきている。そして何よりも、今回の改訂においては、長期の保険契約の保険負債評価に対する新しいアプローチの導入が最も大きな影響を与える点であるため、生命保険会社に対して、その適用のためにより大きな準備を要求するものとなっている。
IASBは2016年に12の保険会社
12とのフィールドテストを実施しているが、これには、AXA、Allianz、Prudential等の欧州の大手保険グループに加えて、IFRS適用国からの主要な保険会社が参加している。これらの会社は、IFRS第17号に対する情報をより多く保有して、IASBとの議論等を通じて、準備が進んでいる会社とも考えられているが、こうした会社においても、IFRS第17号に向けては大変な準備が必要な状況になっているようである。
日本においては、そもそものIFRSの適用状況が一般の事業会社においても他国ほど進んでいるわけではない。そうした中で、保険会社への新たなIFRS第17号の適用の是非等についても、少なくとも表向きには十分な議論が行われてきているような状況にはないものと思われる。こうした状況下で、今回のIFRS第17号に対して、今後日本の保険会社がどのように対応していくのかについては注目されるところとなる。特に、相互会社の場合、現時点の法令ではIFRSの任意適用も想定されていないことから、これについてどのような見直しが行われていくのかは気になるところである。
こうした点を考慮すると、日本の保険会社が2021年からIFRS第17号を適用していくためには、今後関係者による日本での適用に向けた相当の推進活動や取組みが必要になってくるものと推測される。
12 AXA、Allianz、Prudential、HSBC、Old Mutual、AIA(香港)、AMP(豪州)、明治安田、中国人寿、三星(韓国)、Great Western(加)、Itau(ブラジル)