トランプ大統領の米国とEU-統合の遠心力はますます強まるのか?

2017年02月10日

(伊藤 さゆり) 欧州経済

EU大統領は米新政権を外的脅威として結束を呼びかけ。求心力強まる期待も

2月3日にマルタで開催されたEUの非公式首脳会議ではトランプ政権の米国との関係が焦点となった。

今回の会議は、本来、リビアから地中海をわたってイタリアに渡る不法移民対策と、EUの法的基盤となっているローマ条約の60周年記念式典という節目を3月25日に控え、EUの将来について発するメッセージについて協議することが主な目的だった。

その会議に先駆け、トゥスク常任議長(通称EU大統領)が加盟国首脳に送った書簡で、過去70年の外交政策に疑問を呈するトランプ政権を中国、ロシア、中東・北アフリカとともにEUにとっての「外的脅威」と位置付けた。その上で、「EUの崩壊は加盟国の主権の完全な回復につながるものではなく、米国やロシア、中国といった超大国への事実上の従属につながることははっきりしている。結束してこそ我々は完全に独立していられる」と呼びかけた。

トゥスク常任議長の主張は基本的に正しい。筆者も米国のEUへの冷淡な態度が、域内の結束を強める、つまり統合の遠心力よりは、求心力を強める可能性に期待したいと思っている。

だが、客観的事実よりも、感情や個人的信念に訴えるものが世論形成により大きな影響を及ぼす「ポスト・トゥルース」の時代には、有権者の心に響き、受け入れられるかどうかが重要だ。難民危機やテロでアイデンティティーの危機を感じる層や、長期失業で繁栄から取り残されていると感じる層には、EU首脳会議に集う主流派の政治勢力の結束を呼び掛ける主張よりも、極右・ポピュリスト政党が提示するEUやユーロからの離脱、国家主権の回復という選択肢の方が魅力的に映るかもしれない。
 

経済・雇用改善、難民流入鈍化でも続く極右・ポピュリスト政党への支持の広がりは遠心力

経済・雇用改善、難民流入鈍化でも続く極右・ポピュリスト政党への支持の広がりは遠心力

17年には少なくともオランダ、フランス、ドイツで国政選挙が行なわれる。EUに懐疑的な極右・ポピュリスト政党がどこまで躍進するかは、現状に強い不満を抱き、多少の混乱が生じたとしても、別の選択肢を試したいという有権者が、どの位の割合を占めるかによる。

EUにおける極右・ポピュリストの躍進は世界経済にとって望ましくないという立場にとっての安心材料は、ユーロ圏の経済は、方向として改善が続き、足もと上向いていることだ(図表5)。ドイツとオランダで世論への影響度が大きい難民流入の勢いも鈍化している(図表6)。
しかし、EU統合を支えてきた中道政党への支持が反転する兆しはなく、逆に、トランプ政権の矢継ぎ早の保護主義的政策で極右・ポピュリスト政党が勢い付き、統合の遠心力が一段と強まるリスクへの警戒も怠れない。
 

オランダでは自由党が支持率1位、フランス大統領選ではルペン氏がトップを走る

オランダでは自由党が支持率1位、フランス大統領選ではルペン氏がトップを走る

3月15日に議会選挙を予定するオランダでは自由党が第1党の地位を保つ。自由党による単独政権の樹立には至らないにせよ、政権入りの可能性は考慮せざるを得なくなっている。自由党が政権政党になったとしても、主流派との連立という形であれば、EU離脱を国民投票で問い、かつ、それを実行に移すということはないだろう。

4月23日に第1回投票を予定するフランスの大統領選挙も、ここまで「想定外」続きだ。右派の統一候補としてフィヨン元首相が選出されたのも「想定外」だったが、選出後は最有力候補として期待されていたフィヨン氏に政治資金不正疑惑が発覚し、立候補の取り下げを余儀なくされる可能性が浮上したことも「想定外」だ。さらに、左派の候補としてバルス前首相ではなく、アモン前国民教育相が選出されたのも「想定外」と言えるだろう。アモン氏は、中道色を強めてきた社会党の中で、左派的傾向が強い。社会保障制度を見直し、18歳以上の全国民を対象に日本円で毎月9万円相当を支給する「ベーシック・インカム」の導入を提唱していることでも注目を集めている。

フランス大統領選挙の世論調査では、極右の国民戦線のマリーヌ・ルペン候補がトップを走り、アモン氏の伸び悩み、フィヨン氏の失速で、エマニュエル・マクロン元経済・産業・デジタル相が第2位につける。マクロン氏は、昨年4月に「右派でも左派でもない政治運動」として「前進!」を立ち上げ、8月に閣僚を辞任、秋には大統領選挙に独立系候補として立候補する方針を表明していた。右派と左派の双方から支持を集めており、アモン氏の支持を表明していないオランド大統領もマクロン氏を支持しているとの見方がある。

これまで、フランスの大統領選挙の結果について、「ルペン候補は確実に決戦投票に残るが、決戦投票では、極右の大統領を阻止するため、左派と右派が選挙協力をして、残った候補の支持に回るので、ルペン候補は勝てない」という見方で一致してきた。ところが、二大政党制のフランスの大統領選挙で、二大政党の候補がどちらも決選投票に残れないとなれば、やはり「想定外」と言わざるを得ない。

仮に、ルペン対マクロンという決戦投票の組み合わせとなった場合、世論調査に基づけば6対4でマクロン氏が勝利する。右派でも左派でもないマクロン候補であれば、独立系でも、ある程度、二大政党の支持者の受け皿となり得ると見て良いのかもしれない。

しかし、ルペン候補は、先代の党首である父親の時代の「極右」のイメージ払しょくに務め、社会保障の充実、雇用・社会保障のフランス人優先を掲げる。「極右の候補だから」ルペン氏に投票するのではなく、「繁栄から取り残された人々に目を向けてくれる候補だから」という理由でルペン氏に票を投じる人々が「想定を超える」可能性は、やはり捨てきれない。世論調査も間違うというのが、英米の波乱の結果からの教訓だ。

ルペン氏は、2月5日に公表した大統領選挙の144にわたる公約のトップに「EUとの間で加盟条件について協議し、EU離脱の是非を問う国民投票を行なう」を据えた。英国のキャメロン前首相が15年の総選挙時に掲げたのと同じ公約だ。ただ、フランスで、EU離脱の国民投票という公約を実行に移すには、憲法の改正が必要であり、そのためには憲法改正案が上下両院で可決されなければならない。国民議会(下院)選挙は、大統領選挙後の6月に実施されるが、国民戦線が過半数を獲得する可能性は「ゼロ」といって良い。任期6年、3年ごとに国会議員、地方議会議員等による間接選挙で半数を改選する元老院(上院)で勢力図が大きく変わるまでには時間が掛かる。ルペン大統領が誕生した場合、市場は激しく反応する可能性はあるが、ただちにEU分裂につながる訳ではない。

オランダにおける自由党の政権参加、フランスにおけるルペン大統領の誕生、イコールEU離脱のドミノとはならない。トランプ大統領の米国と同じく、政治制度や憲法は、成熟した民主主義国家であるオランダやフランスにおいても、一定の歯止めとしての役割を果たすことになる。
 

米新政権との関係はEUを離脱する英国にとり諸刃の剣という面も

米新政権との関係はEUを離脱する英国にとり諸刃の剣という面も

EU離脱手続きに進む英国のメイ政権にとってもトランプ政権との距離感は難しい。

英国は、伝統的に言語、法体系を共有する米国との「特別な関係」を重視してきたが、EU離脱の本格的な交渉を前に、その重要性は増している。1月26日にEUからの離脱意思の通告のための法案を議会に提出、2月2日に英国のEU離脱とEUとの新たなパートナーシップ」と題する白書を公表し、8日には下院で法案を可決した。今後、上院で審議、承認を経て、3月9~10日の次回EU首脳会議での、原則2年の離脱協議の起点となる通告を目指す(図表7)。

メイ首相は「EU」と「単一市場」だけでなく、EUの「関税同盟」からも離脱する方針であり(注2)、そのコストを埋め合わせるために、域外とのFTAを早い段階で締結する必要がある。とりわけ、現在、EUとの間で、FTAを締結していない米国、中国との関係強化は重要だ。オバマ前大統領は、通商交渉において大市場を優先する立場から、国民投票前に、離脱した場合、英国は米国の通商協議の最後列に並ぶことになるとして、離脱派を牽制した。しかし、トランプ大統領の米国は、英国のEU離脱を支持し、米英FTA交渉に積極的な立場に転じ、先述のとおり、EUとのTTIPは棚上げした。

EUに懐疑的立場をとる米国の新政権の英国のEU離脱支持は諸刃の剣でもある。そもそも、英国は、EUを正式に離脱するまではEUの関税同盟の一員であり、独自にFTAを締結することはできない。米英首脳会談で、この問題に踏み込み過ぎれば、EU側の警戒感を高め、EUとの間で離脱までに大枠合意を目指す包括的FTAの協議に悪い影響を及ぼすおそれがあった。英国の輸出入両面でのEUへの依存度は米国向けを遙かに上回る。米国とのFTAだけでは、メイ首相が「崖っぷち」と表現した包括的なFTAへの円滑な移行の見通しを欠いたまま離脱することになった場合のショックを吸収することはできない。
米英間の国力の差を考えると、FTAが英国に有利な条件での協定となるかも定かではない。トランプ大統領が、二国間の交渉を好むのは、国力の差から、米国にとって有利な条件を得られると信じているからだろう。EUから離脱し、英国にとって不利な条件で、米国、あるいは中国とFTAを締結することになれば、離脱のコストを痛感することになり兼ねない。

初の米英首脳会議の記者会見では、メイ首相は、「アメリカの属国化」、あるいは、「反EU」というレッテルを貼られないよう配慮したという印象を持った。トランプ大統領との友好ムードを醸し出しながらも、NATOについて、トランプ大統領から「100%支持する」との言質を得たと強調した。ロシアの制裁解除は、「ミンスク合意(ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの4首脳によるウクライナ東部の停戦に関する合意)の完全実施が条件」という英国の立場を明確にし、トランプ政権を牽制した。

しかし、米国とEUとの橋渡しをしようというメイ首相に対して、EU首脳たちの反応は冷ややかで、英国内でも、米英首脳会談直後に、7カ国からの入国の一時禁止措置を導入したトランプ大統領を、国賓として年内の公式訪問するよう招待した判断を、拙速過ぎるとの反発が広がる。

ただでさえ不透明感の強いEU離脱交渉の先行きは、EUに懐疑的で、二国間交渉を重視するトランプ政権の誕生で、さらに混迷の様相を深めている。

(注2)メイ首相が示したEU離脱戦略についてはWeekly エコノミスト・レター 2017-1-20「メイ首相が目指すのはハードな離脱なのか?」をご参照下さい。

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり(いとう さゆり)

研究領域:経済

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴

・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職

・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
           「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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