コラム

頃合のよい、いい加減さ-リスクの違いは、どこまで保険料に反映すべきか?

2016年09月05日

(篠原 拓也) 保険計理

保険は、加入者のリスクを、集団で補い合うことで成り立つ。生命保険を例にとると、家計を支える人が死亡した場合、遺族が生活を続けるためには、通常、何千万円もの金銭が必要となる。このような多額の金銭を、個別に用意しておくのは困難である。また、用意している間に、死亡が起こってしまうかもしれない。そこで、保険制度により、相互に扶助する、ということになる。

ここで、問題になるのが、集団内で、個人が抱えているリスクは、それぞれ異なるという点である。一般に、性別や年齢が違えば、1年間の死亡率は異なる。例えば、同じ男性でも、30歳と50歳では、死亡率は4倍も異なる。同じ年齢でも、男性と女性とでは、死亡率が、倍ほども異なることがある。

これらの死亡率の違いを無視して、保険料を一律に設定したら、どうなるだろうか。この場合、死亡が起こりやすい50歳の人の保障を、起こりにくい30歳の人が負担することになる。同様に、死亡が起こりやすい男性の保障を、起こりにくい女性が負担することになる。これでは、保険料の負担が不公平であろう。

そこで、保険料を、男女別・年齢別に設定するということになる。これで、保険料負担の不公平は、ひとまず収まったように見える。しかし、同じ30歳の男性でも、これまで何回か、病気で入院したことのある人と、全く入院したことがない健康な人が現れるかもしれない。この2人の保険料を同じにしてしまっては、不公平だ。そこで、2人の違いを保険料に反映するために、優良体・普通体のような、料率区分を設けることとなる。

話は、まだ続く。30歳の男性で、同じく健康な2人でも、食生活に違いがあった。Aさんは、毎日三食を一定の時間にとり、食事内容は、バランスや量に留意した健康的なものであった。一方、Bさんは、朝食をとらないことがあるなど、食事時間が一定しておらず、食事内容は、高カロリー・高脂質のものばかりと、乱れた食生活を送っていた。

この2人に対して、保険料を違えるべきだろうか。公平性の確保ということを突き詰めていけば、この2人には、食生活にこれほどの違いがあるのだから、リスクも異なると考えられ、異なる保険料とすべきという結論になるだろう。

しかし、物事は、そう単純にはいかない。ある日を境に、この2人の食生活が、からりと変わってしまうとしたら、どうだろうか。Aさんは、仕事がうまくいかないことを気に病んで、それまでの健康的な食生活がウソのように、高カロリーのジャンクフードばかりで、食事を済ますようになってしまうかもしれない。一方、Bさんは、健康診断で医師に注意されたことを真摯に受け止めて、1日三食の、バランスよい食事を始めるようになるかもしれない。

また、そもそも、保険料に、リスクを反映していくことには、限界がある。AさんとBさんとで、食事の他にも、趣味、居住地、職業、性格、所得、保有資産、…といった要素が、全て同じであるとは、考えにくい。これらの違いを逐一、保険料に反映しようとすれば、何百通り、何千通りもの料率区分が必要になり、現実的ではないだろう。このように、どの要素を、どの程度まで、保険料に反映すべきか、ということは、意外と難しい問題ということになる。

近年、社会全体で、予防医療や、健康増進の取組みへの関心が、高まっている。多くの自治体や企業で、食事、運動、睡眠などに留意して、健康な生活を送り、健康寿命を延ばそうという動きが、進められている。これに応じて、保険についても、健康診断の結果や、日常のウォーキング等の運動の実施内容を、保険料に反映してはどうか、という動きが、出始めている。

しかし、ここで、少し、冷静に考えてみる必要がある。健康診断の結果や、運動の程度は、個人の健康への取り組み方しだいで、変化する可能性がある。例えば、1年保障などの短期の保険であれば、更新時に保険料を見直すことができるため、保険料への反映も、しやすいかもしれない。しかし、保険期間が、10年、20年、終身に渡るような長期の保険では、そんなに簡単に、保険料への反映はできないのではないだろうか。

それでは、長期の保険の保険料は、どのように設定したらいいだろうか。結論的に言えば、誰の目にも、明らかに違いがあるような客観性の高い項目で、それが将来に渡って大きく変わることはないようなものについて、保険料に反映する、という考え方が、基本になるだろう。逆に言えば、客観性を欠くものや、一時的な健康状態の違いなどについては、長期の保険では、敢えて、保険料に反映しないという、アバウトさを持つことが、大切になるだろう。

このように、長期の保険では、保険料の設定にあたり、リスクの違いを細かく反映するだけではなく、頃合のよい、いい加減さを、備えるべきと思われるが、いかがだろうか。
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