災害医療の実践における3Tのうち、トリアージは、最初に行われる重要なものである。しかし、そこには、いくつかの課題がある。その内容を見ていくこととしよう。
1|黒色タッグの判断は行いにくい
(1) 医師・歯科医師以外による死亡判断の適法性
黒色タッグを付けることは、傷病者が、死亡、もしくは生命兆候がなく救命の見込みがない、と判断することを意味する。このうち、死亡の判断に関しては、法律上、医師もしくは歯科医師のみに、死亡診断書(もしくは死体検案書)の作成・交付が義務付けられている
23。死亡診断が許されていない看護師や救急救命士等が、トリアージの結果、傷病者を死亡と判断して、黒色タッグを付けることには、疑問の余地が残ることとなる。
(2) 救命の見込みがないとの判断の困難さ
そもそも、傷病者に生命兆候がなく救命の見込みがない、と判断して、黒色タッグをつけることは、難しい。当災害における医療提供能力・体制と、傷病者全体の病態を踏まえた上で、その傷病者を救命したり、搬送したりすることが、全体の不利益につながると判断される場合に、黒色タッグを付けざるを得ない場合もある。しかし、現実に、そのような判断を下すことは容易ではない。
例えば、複数の傷病者の中に、気道を確保しても呼吸が再開しない傷病者がいたとする。この場合、START法に従えば、黒色タッグと判断することになる。しかし、心肺蘇生法を十分に施せば、もしかしたら、奇跡的に蘇生するかもしれない。けれども、この傷病者に心肺蘇生法を行えば、その分、他の傷病者に提供する医療が失われ、その結果、避けられた災害死につながってしまうかもしれない…。
このように、医療資源をその傷病者に使うか、それとも他の傷病者に使うかは、相対的な判断を要する。即ち、同じ病態の傷病者であっても、他の傷病者の出現状況によっては、黒色タッグとなったり、赤色タッグとなったりすることがある。このため、その判断は、大変難しいものとなる。そして、トリアージ実施者の心理的な負担は、その分だけ、大きなものとなる。
2|トリアージタッグに判断理由等の記録を、十分に書き残すことは困難
トリアージ実施者は、傷病者を短時間で判断して、トリアージタッグへの記載や処置を行わなくてはならない。そのため、判断理由が十分に書き残されない恐れがある。また、トリアージタッグは、記載内容の訂正が起こることを前提としていない。このため、何回もトリアージを行う中で、判断が変わった場合、その経緯の記録が残らない恐れがある。更に、傷病者が、どの傷病者集積場所や救護所を経て、医療施設に搬送されてきたか(「トラッキング」と呼ばれる)が把握できないこともある。その他、トリアージ実施機関ごとに番号を付すため、実施機関が異なると、番号が重複してしまう、といった課題もある。
3|トリアージ区分は4つしかないため、同じ判定の傷病者でも優先度が大きく異なることがある
トリアージでは、緊急度・重症度に応じて、傷病者を4つに区分する。これは簡便ではあるが、同じ色に判定された傷病者の中で、治療や搬送の優先度が大きく異なるケースを生むことにつながりかねない。例えば、同じ赤色タッグでも、緊急度・重症度が高く、一刻も早く治療や、搬送が必要な傷病者と、黄色タッグよりは重症度が高いものの、全ての傷病者の中で最優先の治療・搬送が必要とまでは言えない傷病者が、混在することがある。
4|トリアージは軍隊を起源としていて、一般市民には、なじまないとの見方もある
そもそも、トリアージは戦時における軍人・軍属を対象とした軍隊のシステムであり、一般市民を対象とする災害医療には、なじまないという見方もある。 例えば、軍隊であれば、軍規などで、トリアージの過誤に対する補償ルール等が、事前に明確化されている。しかし、災害時の一般市民の傷病者に対するトリアージでは、このような過誤に対する責任問題は、事前に明確化されていない。
23 死亡診断書(死体検案書)は、医師法及び歯科医師法により、医師及び歯科医師に作成・交付が義務付けられている(死体検案書を交付できるのは医師のみ)。死亡者が傷病で診療継続中であった患者で、かつ、死亡の原因が診療に係る傷病と関連したものである場合に死亡診断書が、それ以外の場合に死体検案書が交付される。なお、両者の様式は同一となっている。